知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

特許権と損害賠償(1)

2011-07-26 15:56:32 | 特許侵害訴訟

本稿は、特許侵害と損害賠償について論じるものであり、「知財ぷりずむ」に掲載した論考の要約版でもある。

1 民法709条の構造 

特許権侵害に基づく損害賠償請求権の根拠条文は民法709条であり、特許法102条各項に関する諸論点を検討するための前提として、当職の理解する民法709条の構造を示しておこう。  

1-1 民法709条の要件事実

   民法709条の要件は、「故意又は過失によって他権利又は法律上保護される利益侵害した者は,これによって生じた損害賠償する責任を負う。」との規定文言のとおり,①侵害者による特許権者等の特許権等の侵害,②侵害者の故意又は過失,③損害の発生及び額,並びに,④因果関係である。このうち、特許権侵害に関しては、損害額算定についての特則として特許法102条各項が設けられている。 

1-2 「損害」の意味 

 「損害」とは、不法行為がなかったと仮定した場合の財産状態と現実の財産状態との差額を意味する。 

 特許権侵害の文脈においては、主な「損害」は、「特許権者の売上げの減少」と「得べかりし実施料の喪失」である。言い換えれば、特許権者の「損害」は「逸失利益」であり、侵害者による特許権侵害がなかったと仮定した場合に特許権者が得られたはずの利益を、侵害者による特許権侵害「により」(因果関係)喪失したことを意味する。 

1-3 「因果関係」の意味

 「因果関係」という用語は、事実的因果関係(「条件関係」)と相当因果関係を含む概念である。事実的因果関係は、不法行為と損害との間に、「あれなければこれなし」の関係がある場合、つまり、現実の不法行為を取り去って、法が期待する行為を仮定した場合に損害が生じないと判断されるとき、その存在が肯定される。これは、仮定の要素を含むものの、事実認定の問題である。これに対し、相当因果関係は、「事実的因果関係」と「相当性」から構成される。すなわち、損害塡補という観点からは、不法行為と事実的因果関係のある全ての損害が賠償されるべきであるが、他方、事実的因果関係のある損害は際限なく拡大するため、損害の公平な分担の観点から一定の歯止めをかけることが必要とされることから、損害賠償の対象となる「損害」といえるためには、「事実的因果関係」に加え、「相当性」が要件となる。この「相当性」の有無の判断は、法的価値判断である。

2 原因競合と寄与度減責

 1個の損害に対して複数の原因が競合して寄与する場合、不法行為責任を問う原因以外の原因の存在を考慮して、損害額を減額する場合がある。そのための道具概念が「寄与度」である。

 「寄与度」は「事実的寄与度」と「評価的寄与度」に分けて、前者は事実的因果関係の問題であり、後者は法的価値判断(=相当性)の問題である。

3 特許法102条1項に関する問題

3-1 1項の法的性質

1項の法的性質については、学説及び裁判例上,一部覆滅を許容する法律上の事実推定ないし暫定真実であるものと理解する見解(推定・一部覆滅許容説)と,特許権の性質に着目して侵害者の侵害品と特許権者等の製品との補完関係を擬制したものと理解する見解(補完関係擬制説)とが基本的に対立しているが、市川判事が述べられるとおり、「今回の改正が,1項本文によりいったんは侵害者の譲渡数量に権利者の製品の単位数量当たりの利益額を乗じた額を損害額とするが,ただし書の適切な運用により侵害者に過大な負担を負わせないことを目指したものであることは,特許庁総務部総務課工業所有権制度改正審議室の解説及び工業所有権審議会の平成9年12月16日付け「特許法等の改正に関する答申」から明らか」であるし、具体的案件において妥当な結論を導く解釈論を展開することを可能とし、「柔軟性を確保しておく」という解釈指針にも合致することから、推定・一部覆滅許容説に賛成する。


3-2 推定の内容

 推定の内容は、現実の特許権侵害を取り去った場合、「侵害者の販売数量」を「特許権者が販売することができたはずである」という事実的因果関係である。この事実的因果関係は「販売数量」という量の問題であるため、割合的な認定が可能であるから、一部覆滅は当然に認められる。1項但書きは、この当然の理を確認的に規定したものと考える。 

3-3 寄与度減責

 柔軟で公平は解決の観点から、1項に基づく損害額の算定に関して、寄与度減責は当然認められるべきである。この局面における寄与度減責は、二つに分けて議論することができる。第1は、侵害者の譲渡数量全体に対する寄与度であり、第2は、1個の侵害品の販売に対する寄与度である。

 3-4-1 侵害者の譲渡数量全体に対する寄与度

 「侵害者の譲渡数量全体に対する寄与度」を理由とする減額は、事実的寄与度を理由とする減額であるから、1項但書きを適用することにより実現することができる。

すなわち、例えば、特許権の「侵害者の譲渡数量全体に対する(事実的)寄与度」が40%とすれば、特許権侵害を取り去ったとしても、侵害者の現実の販売数量の60%(100%マイナス40%)は、侵害者が販売できたことになり、従って、この分については、「特許権者が販売することができない事情」が存在すると解することができる。 

3-4-2 1個の侵害品の販売に対する寄与度

3-4-2-1 位置づけ

 それでは「1個の侵害品の販売に対する寄与度」については、どう考えるか。

この点、これを事実的寄与度であると考えれば、「侵害者の譲渡数量全体に対する寄与度」を理由とする減額と同様に処理できる。しかし、侵害品が複数販売されている状況を想定する限り、「1個の侵害品の販売に対する寄与度」を事実的寄与度であると捉えることは意味がない。なぜなら、それは、「侵害者の譲渡数量全体に対する寄与度」として評価することが可能だからである。

他方、「具体的公平の見地から減責の余地を残しておく」という解釈指針に照らせば、事実的寄与度のみならず、評価的寄与度による減額の余地を残しておくべきである。そうであるとすれば、「1個の侵害品の販売に対する寄与度」を「1個の侵害品の販売」に対する「評価的寄与度」と把握した上で、「侵害者の譲渡数量全体に対する寄与度」とは別個独立の減額要因と理解すべきである。

この減額要因の位置づけについては、これが「評価的寄与度」という法的価値判断を伴うものである以上、「相当因果関係」(あるいは「相当性」)を否定する事情として考えるべきである。すなわち、「評価的寄与度」に基づく減責の結果、侵害行為と事実的因果関係を有する「損害」のうちの一定額が「損害賠償の範囲」から除外されるというべきである。それ故、「評価的寄与度」を減額要因として減責する場合には、事実的因果関係の全部又は一部不存在の場合を前提とする1項但書きを利用する必要はないし、適切でもない。

 

3-4-3 具体的な考慮要素

それでは、具体的な考慮要素はどうか。

(1)事実的寄与度

 まず、事実的寄与度について検討する。特許権者の損害は、それが1項により算定される限り、特許権侵害行為による「売上げの減少」であるから、需要者の商品購入動機に対して影響する事由が考慮要素となるべきであり、したがって、特許発明の実施部分による他の代替品・競合品との差別化の有無・程度,宣伝広告・販売促進における特許発明の実施部分の強調の有無・程度が考慮要素となる。また、需要者の購入動機を的確に分析することが困難であることを踏まえれば、事実的寄与度判断の客観性を担保するために、対象製品全体の価額における特許発明の実施部分の価額割合,対象製品全体の製造原価における特許発明の実施部分の製造原価割合を補助的に参酌することも可能である。

 

(2)評価的寄与度

次に、評価的寄与度について検討する。この点、特許権侵害に基づく損害賠償請求権も、産業の発達という特許法の目的の制約を受けるものであるところ、特許発明に対する保護は、その技術的価値に照応すべきものであるから、特許発明の技術的価値の大小を参酌することは許されると考える。そして、損害賠償請求という局面における「特許発明の技術的価値の大小」は、損害賠償請求権が、侵害者の「対象製品」の販売という行為に基づくものである以上、「対象製品」との関係において考察すべきものである。

 


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