1 1項と2項の関係
2項による推定については、「推定」の性質上、侵害者は,特許権者等の実際の損害額を具体的に主張立証することにより,推定を覆滅することができるが、侵害者が1項により算定された損害額をもって2項による推定を覆滅することができるが問題になる。
この点、肯定説も有力である。しかし、1項は推定規定であると解されるところ、民事訴訟法の原則によれば、推定が覆るのは、推定された事実と両立しない事実の存在について裁判官が確信した場合であり、特許権侵害に基づく損害賠償の局面においてこの原則を採用しない理由は見出せない。そして、1項による推定は、あくまで推定であり、自由心証主義の下では、1項により算定された金額が損害額であることを裁判官の主観において確信させるものではないと解されるから、1項により損害額を算定することにより2項による推定は覆らないというべきである。もっとも、1項による損害額の算定の立証過程において、1項により算定された金額が損害額であることを裁判官が確信した場合には、推定が覆ることはあり得る。
2 1項と3項との関係
1項による損害額の算定に際し、「実施の能力」又は「販売することができないとする事情」により控除された侵害品の譲渡数量分について、3項を適用することが許されるかが議論されている。
すなわち、特許権者の「逸失利益」として「売上げの減少」のみを想定すれば、否定説に至るのが論理的である。しかし、前記2-2のとおり、「特許権侵害の文脈においては、主な「損害」は、「特許権者の売上げの減少」のみならず、「得べかりし実施料の喪失」である」である。
これを踏まえて考察するに、1項但書きにより控除された損害は、「特許権者の売上げの減少」であり、その根拠は、一定数量については、特許権者が販売できなかった事情があるというにすぎず、これは、「得べかりし実施料の喪失」とは全く関係がない。そして、青柳弁護士が論じられるとおり(前述)、「控除された数量が,無許諾の実施品であることに変わりはない。・・・同様に,「実施の能力がないとされた数量についても無許諾の実施品であることには変わりない」のであるから、1項但書きにより一定の損害が控除されたことは、3項による損害賠償の妨げにはならない。言い換えれば、1項により算定される損害額は、「特許権者の売上げの減少」であるのに対し、3項により算定される損害額は、「得べかりし実施料の喪失」であって、両者はその性質を異にするのであるから、独立に損害額を算定することができる。それ故、1項但書きにより一定の損害が控除されたという事象自体が、3項による損害賠償の妨げにはならないというべきである。
そもそも、侵害行為と損害との事実的因果関係(条件関係)を判断するためには、現実の侵害行為を取り去った上で、適法行為を仮定した場合に特許権者が利益を得られたか否かを検討するのである。従って、議論のポイントは、特許権侵害の局面において、現実の侵害行為を取り去った後に、適法行為として如何なる行為(状況)を想定するかである。一般論としては、適法行為として、①「特許権者による製品の販売」と②「特許権者の許諾の下における侵害者による製品の販売」を仮定することができる。そして、何らかの事情により、侵害者による販売数量の全部又は一部について「特許権者による製品の販売」(①)が仮定できないものの、残部(控除された部分)については「特許権者の許諾の下における侵害者による製品の販売」(②)を仮定することが可能な事案においては、1項による損害額の算定に際し、「実施の能力」又は「販売することができないとする事情」により控除された侵害品の譲渡数量分について、3項を適用することが許されることになる。
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