知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

ズームレンズ侵害訴訟

2013-10-20 13:14:39 | 最新知財裁判例

ズームレンズ侵害訴訟

東京地方裁判所

平成23年(ワ)第16885号

平成25年01月30日 

1 事案の概要

1-1 概要

本件は、発明の名称を「像シフトが可能なズームレンズ」とする特許権(特許第3755609号。以下「本件特許権」という。)を有する原告が、別紙被告製品目録記載の各製品(以下、併せて「被告製品」といい、同目録記載〈1〉~〈6〉の製品を順に「イ号製品」「ロ号製品」「ハ号製品」「ニ号製品」「ホ号製品」「ヘ号製品」という。)が本件特許権を侵害している旨主張して、〈1〉特許法100条1項に基づく差止請求として被告製品の製造等の禁止、〈2〉同条2項に基づく廃棄請求として被告製品の廃棄、〈3〉不法行為(同法102条2項による損害推定)に基づく損害賠償請求として119億0300万円(弁護士・弁理士費用5億円を含む。また、附帯請求として不法行為の後である平成23年5月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求めた事案です。

1-2 本件特許発明

   「ズームレンズを構成する1つのレンズ群GBの全体あるいは一部を光軸にほぼ垂直な方向に移動させて像をシフトすることが可能なズームレンズにおいて、

  前記レンズ群GB中に、あるいは前記レンズ群GBに隣接して開口絞りSが設けられ、

  前記レンズ群GBと最も物体側の第1レンズ群G1との間に配置されたレンズ群GFを光軸に沿って移動させて近距離物体への合焦を行い、

  変倍時に、前記レンズ群GFと前記レンズ群GBとの光軸上の間隔が変化し、

  前記開口絞りSは、変倍時に、前記レンズ群GBと一体的に移動することを特徴とするズームレンズ。」

 

1-3 争点

(1) 被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか。

  ア 「レンズ群」の意義(争点1-1)

  イ 被告製品における「レンズ群GB」の該当箇所(争点1-2)

  ウ 構成要件Aのレンズ群GBの一部を光軸にほぼ垂直な方向に移動させる構成において、構成要件Bは当該一部のレンズが開口絞りSと隣接するものに限定されるか(争点1-3)

  エ 構成要件Aの「ズームレンズ」は、撮影距離の変化にかかわらず、シフトレンズ群の移動量を一定にできるものに限定されるか(争点1-4)

  オ 構成要件A及びFの「ズームレンズ」は、5群ズームレンズやレンズシャッター式のカメラに用いるズームレンズに限定されるか(争点1-5)

  カ 被告製品の充足性(争点1-6)

 

(2) 本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるか。

  ア サポート要件違反の有無(争点2-1)

  イ 新規性要件違反の有無(争点2-2)

  ウ 進歩性要件違反の有無(争点2-3)

 

(3) 原告の損害(争点3)

 

3 裁判所の判断 

本判決は、進歩性要件違反の有無(争点2-3)について、「乙7発明は、「補正レンズ群を偏芯させることにより撮影画像のブレを補正する内焦式の撮影レンズにおいて、物体側の第1レンズ群と補正レンズ群との間に位置するレンズ群を光軸方向に移動させることによりフォーカスを行う撮影レンズ」と認定し、「乙6発明と乙7発明を組み合わせれば、本件特許発明の構成と同一となる」と述べた上、乙6発明に乙7発明を組み合わせることが容易であるかを検討しました。

本判決は、「乙6発明は、保持機構及び駆動機構の小型化という観点に照らし、開口絞りがおかれたレンズ群が補正レンズ群として好ましいという前提において、正負負正負の5群構成のズームレンズでは、収差補正上、第4レンズ群に開口絞りをおくことが好ましいから、第4レンズ群に開口絞りをおき、これを補正レンズ群としたものである」と述べた上、「乙6発明は、第1群フォーカス方式以外のフォーカス方式を排除していないというべきである」と認定し、さらに、「ズームレンズの技術分野において、1群フォーカスでは大型の構造になる欠点があるために、インナーフォーカスとすることは周知であることが認められる」と認定し、「乙6発明は第1群フォーカス方式の態様を含むのであり、上記の周知技術に照らすと、第1群フォーカス方式の態様において大型の構造になるという課題を当業者は認識できる」と判断しました。

他方、本判決は、「乙7には、上記アのとおり、望遠レンズにおいては、第1レンズ群以外の比較的レンズ系の小さなレンズ群を光軸上移動させてフォーカスを行う内焦式フォーカス方式(インナーフォーカス方式)を用いている場合が多いことが記載されるとともに、インナーフォーカス方式を用いた望遠レンズにおいて、一部のレンズ群を偏芯させて防振を行うと、偏芯収差の発生量が著しく多くなり、特にフォーカスに際しての偏芯収差の発生量の変動が多くなり撮影画像の光学性能を著しく低下させる原因となっていることが記載されている。そして、上記の周知技術に照らすと、当業者は、乙7では、第1群フォーカス方式のレンズが従来技術と位置付けられているとともに、その課題を解決するためにインナーフォーカス方式が採用されてきたことに加え、インナーフォーカス方式における防振レンズでは、撮影画像の光学性能を著しく低下させるとの課題が生じることが示されていると認識できる」と述べた上、「乙6と乙7はともに、本件特許発明の属する像シフトが可能なレンズの技術分野に属するものであるから、当該技術分野の当業者は、乙6と乙7とに同時に接することができる」ことから、「当業者は、1群フォーカス方式の態様を含む乙6発明において、1群フォーカス方式の欠点を解消するとともに、撮影画像の光学性能を著しく低下させることのない防振レンズを構成するとの課題を認識することができるから、その課題を解決するために乙7発明を適用する動機付けがある」と認定し、「乙6発明に乙7発明を組み合わせることは容易であると認められる」と判断しました。

なお、本判決は、「乙6発明は、1群フォーカス以外の方式を排除していないから、乙6発明に乙7発明を組み合わせるに当たって阻害要因は存在しない」と判断しました。 

4 検討

本判決は、公知文献に接した当業者が本件発明の課題と同一の課題を認識できるかという点に関し、「ズームレンズの技術分野において、1群フォーカスでは大型の構造になる欠点があること」が周知事項であることに加え、「当業者は、乙6と乙7とに同時に接することができる」ことを前提として、「当業者は、1群フォーカス方式の態様を含む乙6発明において、1群フォーカス方式の欠点を解消するとともに、撮影画像の光学性能を著しく低下させることのない防振レンズを構成するとの課題を認識することができる」と判断した点において、注目されます。

 

以上


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