標記決定の骨子は以下の通り。
① 株式交換完全子会社の株主による株式買取請求の趣旨
会社法785条1項は、株式交換に反対する株式交換完全子会社の株主は、同社に対し、自己の有する株式を「公正な価格」で買い取ることを請求することができる旨を定めている。これは、株式交換完全子会社の株主は、株式交換においてその有する株式を取得されて対価を交付される立場であって、株式交換自体により同社の企業価値が毀損されたり、又は、株式交換の条件(株式交換比率等)が同社の株主にとって不利であるために、株主価値が毀損されたり、株式交換から生ずるシナジーが適正に分配されないこともあり得ることから、株式交換に反対する株主に、株式交換完全子会社に対して自己の有する株式を「公正な価格」で買い取ることを請求できる権利を付与することとしたものであり、これにより株主の保護を図ることをその趣旨としている。
また、裁判所による価格の決定は、客観的に定まっている過去の株価を確認するのではなく、新たに「公正な価格」を形成するものであって、価格決定に当たり考慮すべき要素は極めて複雑多岐にわたらざるを得ないが、会社法785条1項が買取価格の判断基準について格別規定していないことからすると、法は、価格決定を裁判所の裁量に委ねているものと解するのが相当。
② 本件における株式買取価格の算定
一般に、株式交換をする各当事会社が、相互に特別の資本関係がない独立した会社同士である場合に、各当事会社が第三者機関の株式評価を踏まえるなど合理的な根拠に基づく交渉を経て合意に至ったものと認められ、かつ、適切な情報開示が行われた上で各当事会社の株主総会で承認されるなど、一般に公正と認められる手続によって株式交換の効力が発生したと認められるときは、株式交換自体により当該当事会社の企業価値が毀損されたり、又は、株式交換の条件(株式交換比率等)が同社の株主にとって不利であるために、株主価値が毀損されたり、株式交換から生ずるシナジーが適正に配分されていないことなどを窺わせるに足りる特段の事情がない限り、当該株式交換は当該当事会社にとって公正に行われたものと推認できる。
相手方の市場株価は、市場全般の動向と乖離して、本件株式交換の計画公表直後に急落し、本件株式交換比率の公表直後にも急落し、さらに、それらの2か月余り後の上場廃止直前の最終売買日には、半値近くまで下落したものというほかなく、このような市場全般の動向と乖離した相手方株式の市場株価の急激な下落状況に照らすと、市場は本件株式交換を原因として相手方の企業価値ないし株主価値が毀損されるものと評価したものではないかと窺われ、少なくとも、本件株式交換を原因として相手方の企業価値ないし株主価値が毀損されたと疑われる事情が存在する
本件のように親子上場会社が株式交換をする場合には、構造的に、子会社の少数株主の利益を犠牲にして親会社の多数株主の利益を図るおそれがないとはいえないとの指摘もされているところであり、また、本件株式交換を原因として子会社である相手方の企業価値ないし株主価値が毀損されたと疑われる事情が存在すると疎明されたのであるから(前記イ)、本件株式交換に関する詳細な事情を把握している相手方が、本件株式交換によりその企業価値ないし株主価値が毀損されていないことを疎明しない限り、そのような毀損がされたおそれが否定できないものとして、本件株式交換がなければ相手方株式が有していたであろう客観的価値を基礎として、「公正な価格」を決定するのが相当。
③ 本件株式交換がなければ相手方株式が有していたであろう客観的価値を基礎とする「公正な価格」の算定
株式交換完全子会社の株主による株式買取請求に係る「公正な価格」は、裁判所の裁量により、株式買取請求が確定的に効力を生ずる株式交換の効力発生日を基準として、事案に応じて、株式交換がなければ同社株式が有していたであろう客観的価値、又は、株式交換によるシナジーを適切に反映した同社株式の客観的価値を基礎として算定するのが相当であり、本件においては、本件株式交換がなければ相手方株式が有していたであろう客観的価値を基礎として算定することとする。
相手方株式は、本件株式交換に伴い上場廃止されるまでジャスダック証券取引所に上場されており、最終売買日である平成20年9月22日までの市場株価が存在する。
一般に、株式市場においては、投資家による一定の投機的思わくなど偶然的要素の影響を受けつつも、多数の投資家の評価を通して、企業を取り巻く経済環境下における、個別企業の資産内容、財務状況、収益力及び将来の業績見通しなどが考慮された企業の客観的価値が株価に反映されているということができるから、他に適切な資料がない本件においては、相手方株式の市場株価を算定資料として用いて、相手方株式の「公正な価格」を算定するのが相当である。
そこで、本件株式交換の効力発生日を基準として、本件株式交換がなければ相手方株式が有していたであろう客観的価値を基礎として、その「公正な価格」を算定する場合に、どの期間ないし時点の市場株価を参照するのが相当であるかを検討する。
本件株式交換の計画公表は平成20年7月1日、本件株式交換比率の公表は同月10日であり、相手方株式の最終売買日は同年9月22日、本件株式交換の効力発生日は同月30日であって、本件株式交換の計画公表からその効力発生までの期間は約3か月である。そうすると、本件株式交換がなければ相手方株式が有していたであろう客観的価値としては、本件株式交換の効力発生日にできるだけ近接し、かつ、本件株式交換の影響を排除できる市場株価として、本件株式交換の計画公表前の市場株価を参照するのが相当である。
他方、市場株価は、上記のとおり投資家による一定の投機的思わくなど偶然的要素の影響を受ける面もあるから、このような市場における偶然的要素による株価の変動を排除するため、本件株式交換の計画公表前の一定期間の市場株価の平均値をもって、本件株式交換がなければ相手方株式が有していたであろう客観的価値であると判断するのが相当である。そして、その趣旨からすると、通常であれば、本件株式交換の計画公表前1か月間の市場株価の終値による出来高加重平均値をもって算定した価格を「公正な価格」とみてよい。
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