醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより 170号  聖海

2015-05-23 13:54:05 | 随筆・小説

日本酒の味
 
               
侘輔 ノミちゃん、日本酒の肴といえば、何かな。
呑助 私が好きなのは、酒盗ですかね。
侘助 鰹の塩辛だな。
呑助 最近は鮪の酒盗もあるそうですよ。
侘助 なんで鰹の塩辛を「酒盗」と云うようになったか、知ってるかい。
呑助 もちろん、知っていますよ。酒盗を肴に酒を飲むとお酒が盗まれたように無くなる。お酒が美味しく飲めるからというでしょ。
侘助 うん。そういうことらしいね。ここに日本酒の味の特徴があると思う。
呑助 同じ醸造酒でも酒盗をツマミにワインは飲めませんね。
侘助 ビールだって、紹興酒だって、飲めないよ。
呑助 そうですね。確かにイカの塩辛や鰹の酒盗で美味しく飲める醸造酒は日本酒でしょうね。
侘助 塩を升のふちに置いて飲む樽酒なんていうのも、美味しいね。酒が甘くなるような味わいがあるなぁー。
呑助 山上憶良の貧窮問答歌を高校生のころ、習いましたよ。「雪降る夜は術(すべ)もなく寒くしあれば堅塩(かたしお)を取りつづしろひ糟湯酒(かすゆざけ)うち啜(すす)ろいて咳(しわぶ)かひ鼻びしびしにしかとあらぬ」。奈良時代の頃から日本人は塩を舐めて酒を飲んでいたんですね。
侘助 塩は日本酒の肴の定番として奈良時代から続いているじゃないかなと思う。それが鎌倉時代になると武士が陣中に酒を酌むときは味噌を肴にしたようだ。伊達正宗は「仙台味噌」を造った。武田信玄は「じんた味噌(信州味噌)」、上杉謙信の「越後味噌」、徳川家康は「三河八丁味噌」。戦国武士は味噌さえあれば、兵の活力を養うことができたようだ。だから味噌作りに励んだ。味噌と日本酒も相性がいい。戦国武士は味噌を肴に酒を酌んだ。
呑助 梅干しはどうなんでしようね。
侘助 「般若湯」といって坊さんたちは梅干しを肴に酒を楽しんだようだ。
呑助 日本酒にはしょっぱいものが合うんですね。
侘助 そのようだ。朝ごはんの「おかず」に合うものはすべて日本酒の肴になるということかな。
呑助 日本酒は米で造られた酒というなんでしようね。米の味を突き詰めた味が日本酒の旨味ということなんでしようかね。
侘助 そうなんじゃないかなと思う。米を研ぎ、磨き、麹菌でコメのデンプンを糖分に変える酵素を造る麹を誕生させる。微生物の力を借りて米と水で酒にする。
呑助 日本酒と他の醸造酒との味の決定的な違いというと何でしようかね。
侘助 米飯というのはパーフェクト食品のようだ。ご飯と塩さえあれば、人間が必要とする栄養はすべて網羅しているらしい。
呑助 すると日本酒はパーフェクトな醸造酒ということになるんですかね。
侘助 そうだよ。日本酒は料理した肴を、ツマミを必要としない酒なんだ。
呑助 長命不死の菊の水とは日本酒ですか。
侘助 美味しいご飯と味噌汁、漬物があれば、他に食べるものは必要ない。ここに日本人の食生活の原点があるように思う。
呑助 すると米と水だけで造った日本酒に本来の日本酒の味があるということですか。
侘助 シンプルということ、ここに美味しさがある