どう過ごしても 2014-11-30 21:54:10 | Weblog 不平不満をいいながら過ごしても一生、 満足し感謝の中に過ごしても一生、 ということになるならば、同じ一生を、 喜びの中に過ごそうではありませんか。 仏教を読む 「浄土三部経」花山勝友著
海辺の里のスケッチ 2014-11-28 13:23:44 | Weblog 風が去った後の庭を眺めている ラベンダーにミツバチが寄り蜜集め か細い羽音が海風に溶け込む 太陽が静かに力強く 陽光を輝かせて 世界が輝く 小鳥が鳴き止まず 青空に雲が浮かび 鳥影は暗く空間を切る 里の空気を細く長く吸い込み ヨガのまねごと 空が青く遠くささやく 思い出は天空が知っていると…
心象風景「鏡の湖面」 2014-11-26 14:48:22 | Weblog 慈愛のか細い そぼ降る雨 小鳥たちは鳴き止まず 灰色の雲は天空を埋め尽くし 涼しい風が物言いたげに通り過ぎ 読みさしの本のページをめくる 温かなコーヒーと 世界が荒れ すさんでいるようでも 私の心に鏡のような湖面があり 白い遊覧船が遡行する 静かな時 午後3:00は…
八正道 2014-11-26 10:41:53 | Weblog 「涅槃に至る八つの道」を眺めてみますと、 いささかも奇をてらっていないことに気づきます。 日常「正しい」とされることを一つずつ身につけてゆく、 それがそのまま、日常を超え神仏の世界にまで通ずる 「聖」になると考えられている。 仏教を読む「阿含経」金岡友秀
仏教を読む 2014-11-26 10:17:19 | Weblog 仏教の目指す知恵は、このようにいつも全身的なものです。 頭だけが遊離した概念的な知恵は、仏教の求めるいかなる 部分にもなかったのです。仏教はその最終段階においても、 座禅のうちに真実をつかんだことを改めて思い出さなければ なりません。 仏教を読む 「阿含経」金岡友秀著
高みを目指せ! 2014-11-25 20:04:57 | Weblog 自分に謙虚な人のみが、第三者に対して 慈しみ深くあるという人間の根本的行動を 身を持ってつかんだと言えます。 これが釈尊の苦行=慈悲行の構造です。 もしこの構造を無視して四諦十二因縁八正道と いう教えの中にのみ仏教の教えを見出すのだとしたら それは明らかにひとりよがりの解釈と言わねばならない と思います。 仏教を読む 「阿含経」金岡秀友著
「はげみ」 2014-11-25 11:08:51 | Weblog つとめ励むのは不死の境地である。 怠りなまけるのは死の足跡である。 つとめ励む人々は死ぬことが無い。 怠りなまける人々は、つねに死んでいる。