遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『署長シンドローム』  今野 敏  講談社

2024-04-28 11:54:49 | 今野敏
 これは大森署を舞台とした新しいシリーズの始まりだろうか。
 奥書を見ると、初出は「小説現代」2022年12月号と記されていて、2023年3月に単行本が刊行されている。

 なぜそう思うか。隠蔽捜査シリーズにおいて、竜崎伸也は息子に関わる問題が発生し、左遷されて警視庁大森署の署長となった。大森署はこれまで、竜崎署長の下で登場してきていた。その竜崎が神奈川県警本部の刑事部長に異動となり、竜崎の舞台は神奈川県警に移り、隠蔽捜査シリーズが続いている。
 大森署には、竜崎の異動に伴い、キャリアの藍本小百合が署長として着任した。
 つまり、藍本署長を筆頭とする大森署の組織体制のもとでのストーリーが本作である。この藍本署長がまた特異なキャリアとして登場したのだ。ちょっと天然でユーモラスなところがあり、一方ですごく理知的、判断力も秀でている。一歩引いているが、主導権はちゃんと握っているという感じ。手強さをうまくオブラートに包んでいるという印象をうける。なかなかにおもしろい存在として描きだされているのだ。
 シリーズとして動き出すのかどうか? 本作の読後印象では、竜崎署長時代とは一味異なる形で、藍本署長の独特の采配により貝沼副署長、戸高刑事などが活躍する新シリーズが楽しめそうな感触を掴んだ。読者としてはそうあってほしい。

 本作は、副署長の貝沼悦郎警視の立場と視点からストーリーが進展していく。藍本署長を補佐して、大森署の運営を滞りなく行うという貝沼の思考態度が、まずその中核になっている。貝沼副署長の目を介することにより、警視庁の組織体制に絡まる思考と判断の側面や、竜崎署長時代との対比による思考と行動判断が盛り込まれ、広がりが加わっていく面白さが生まれている。
 刑事組織犯罪対策課(通称、刑事課)の強行犯係・戸高善信刑事は健在である。戸高は不思議なことに藍本署長に信頼されていて両者の相性はよいというのがおもしろい。戸高の活躍場所が確保されていると想像を膨らますことが出来る。関本刑事課長、小松強行犯係長、斎藤警務課長なども従来通りそのまま在籍する。
 このストーリーで、強行犯係に新人、山田太郎巡査長が加わる。小松係長は戸高を山田と組ませて、ペア長とする。貝沼は少し危惧を抱くが様子見をすることに・・・・・。
 この山田、意外な特技を持っていることが明らかになってくる。戸高は捜査活動の中で山田の才能に気づき、彼の能力を引き出していく役回りになる。読者にとっては、この山田のキャラクターがまずおもしろい。どのように成長していくのかを楽しめそうである。

 貝沼副署長の視点から観察した藍本署長と山田刑事のプロフィールを本文から抽出してまずご紹介しよう。
 藍本署長を貝沼は次のように見ている。
  *キャリア。併せて、度を超して圧倒されるばかりの美貌の持ち主
   署長に会った者は必ず再度会いたがる。幹部ほど顕著で「署長詣で」が続く
  *朝礼での話はいつでも短い。人前での話は苦手なのか・・・・とも思う
  *署長が「考える」と発する時は本当に考える。婉曲的な断り表現ではない
  *署長のふんわりとしたほほえみは、大森署にとりとてつもなく強力な武器かも
  *知ったかぶりをしない。わからないことはわからないと言う。竜崎前署長と同じ
  *常に最良の結論を導き出す

 山田刑事を貝沼は次のように観察している
  *言われたことをどう思っているのか、さっぱりわからない。読みとれない
  *応答に気迫が感じられない
  *いつもぼんやりとした表情
  *藍本署長のオーラに影響されることがない。この点、戸高と同じ
  *戸高から山田の特技を聞き、驚く
    「こいつ、一度見たことはすべて記憶してしまうようなんです」
この二人の人物設定が読者を楽しませることに。私は楽しんだ。 

 さて、このストーリーについてである。本庁の組織犯罪対策部長でノンキャリアの安西正警視長が大森署を訪れ、大森署に前線本部を設置したいと告げたのが始まりとなる。組対部が時間をかけて内偵してきた事案があり、それについて海外からの情報が入った。銃器と麻薬の密輸取引が羽田沖の海上で行われるという。薬物と銃器の出所はアフガニスタンだと安西部長は言う。アフガニスタンからヘロインと武器を持ちだして売りさばくことに中国人が暗躍しており、羽田沖での買い手はチャイニーズマフィアと推定されると言う。
 組対部が主導なのだが、事案の性格上、組対部と公安外事二課、警備部の特殊部隊などの応援が必要かも知れない、テロ対策チームである臨海部初動対応部隊(WRT)も投入すると言う。東京湾臨海署の船を加え、海上保安庁との連携も考えるという大がかりな前線本部構想なのだ。本部を設置される大森署としてはどうするのか・・・・という問題にもなっていく。貝沼は藍本署長を補佐してその矢面に立つことになるという次第。
 前線本部が設置されると、実質的な責任者は組対部の馬淵課長になる。貝沼の目から見ると、この課長はクレーマーの最たる者だった。貝沼は結果的に、藍本署長から振られて、前線本部に詰める羽目になっていく・・・・・。
 そこにさらに、厚生労働省の麻薬取締部の黒沢隆義が大森署に乗り込んでくる。捜査の邪魔をするなと釘をさしにきたのだが、その黒沢が前線本部に居座る形になっていく。黒沢もまた藍本署長の美貌に魅せられた。

 前線本部において、情報収集の捜査活動で戸高が一働きするとだけ述べておこう。
 複雑な寄合所帯の前線本部がどのようにこの事件に取り組んで行くのか。その紆余曲折がおもしろい。
 度肝を抜く意外な展開から、捜査についての捉え方に興味深さと抱き合わせに面白さが加わって行く。どの観点を基軸に捜査をするか、それによりその後の対策と社会への影とリアクションが大きく変化する。そんな側面を含んでいくところがおもしろい。
 藍本署長の観点は実に明解「大きな荷物を持った外国人を捕まえる。それだけのことなの。余計なことは考えなくていい」(p261)、「こいういう形に収めようと言い出したのは私です。ですから、すべて私の責任。そういうことにしましょう」(p306)実に明解なのだ。竜崎と通底するところを感じる。おもしろい!

 藍本署長と貝沼副署長との二人三脚。大森署ストーリーがシリーズとなってほしいものだ。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『白夜街道』  文春文庫
『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』   徳間書店
『審議官 隠蔽捜査9.5』   新潮社
『マル暴 ディーヴァ』   実業之日本社
『秋麗 東京湾臨海署安積班』   角川春樹事務所
『探花 隠蔽捜査9』  新潮社
「遊心逍遙記」に掲載した<今野敏>作品の読後印象記一覧 最終版
                      2022年12月現在 97冊

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『太閤暗殺 秀吉と本因坊』... | トップ | 『新・教場』  長岡弘樹 ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

今野敏」カテゴリの最新記事