ウィキペディアの「今野敏」によると、本書は鬼龍光一シリーズの一冊に分類されている。この分類に従うと、第6弾ということになる。だが、中央文庫刊の『鬼龍』を読んだ読後印象で書いたように、この鬼龍光一の登場するシリーズにはかなりの変遷がある。
現在は、警察小説と亡者祓い師たちの登場する伝奇小説を融合させた領域にシフトし、事件の捜査とオカルトが渾然と結びつくエンターテインメント小説になっている。
本書は2023年6月に単行本が刊行された。
なぜ、警察小説と伝奇小説をハイブリッドに出きるのか。それは、警察官富野輝彦を鬼龍光一とのリンキング・パーソンとして、富野を主人公に登場させていることによる。鬼龍は脇役に回り、富野に協力する形になった。
富野の警察官としての肩書は、正式に言えば、警視庁生活安全部少年事件課少年事件第三係となる。略して言えば、少年事件係。職位は巡査部長。
刑事事件(刑法が適用され、処罰されるべき事件)の捜査にあたる巡査や巡査部長、警部などは刑事と称される。少年事件係はそうではないので、警察官、捜査員と呼ぶのだろうか。
富野には、全く自己認識がないのだが、富野の先祖を遡るとトミ氏、トミノナガスネ彦の系譜なのだと鬼龍は言う。鬼龍は鬼道衆で、鬼道衆は卑弥呼の鬼道に由来するらしい。鬼龍とペアのようにして登場する祓い師の安部孝景は奥州勢という一派に属している。トミ氏は鬼道衆や奥州勢よりも上位の祓い師(術者)だと見做されてきたらしい。この点で、富野はオカルトの領域とのリンキング・パーソンになっている。富野は祓いについては一切知らないが、鬼龍や孝景が亡者祓いをする瞬間に、光が発するのを感じることができる。富野の相棒である有沢英行は、富野の傍にいてその場に立ち会っていても光の発生など感じない。
このストーリー、警視庁内で、捜査一課の刑事が記者クラブの記者を殴るという事件が6日前に起こったというところから始まる。有沢が何かがおかしいと富野に投げかけたことを契機に、富野はこの状況に関心を持ち始める。
さらに、庁舎内で男女の淫らな行為が目撃されるという事態が発生。更には少し前に、庁舎6階の鏡が壊されるという破壊行為も発生していた。立て続けに不祥事が発生している。警察用語で言う非違行為が頻発していた。記者を殴った刑事は、富野の同期の警察官だったことが、しばらく後でわかる。
その矢先に、神田にある私立高校の生徒、池垣亜紀から富野に電話がかかってくる。亜紀は、警視庁内での問題事象をネット情報で知ったと言い、富野にそれは亡者になったやつらの仕業だと告げる。亜紀は富野に強力な術者に相談するよう助言した。亜紀は玄妙道の術者なのだ。富野は亜紀の助言を無視できない。
富野は、鬼龍と孝景を呼び出し、相談をもちかけることにした。
鬼龍は話を聞き、非違行為の頻出は、過去に誰かが警視庁に張っていた結界が、何者かによって破られた。このままでは警視庁の警察組織は崩壊する。結界の有り様と破れをまず早急に調べ、結界を張り直さねばならないと言う。どのようにして調べるか。
警視庁の浄化装置修復作戦は、まず玄妙道の亜紀を捲き込んで相談することから始まる。
そして、富野が祓い師たちを案内し、まず警視庁内を調べて回ることになるのだから、おもしろい。どう理由づけし、祓い師たちを警視庁内で自由に行動させるか・・・・。
さらには現在の陰陽師本家である萩原家をも捲き込んでいくことに発展していく
富野・有沢と術者の鬼龍・孝景・亜紀が調べ方を相談した翌日の朝、富永と有沢は、小松川署に行き、少年の傷害事件の送検に立ち会うよう係長に命じられる。それは不良少年たちの荒川の河川敷での乱闘事件だった。
富野は送検対象となっている少年、村井猛の取り調べをする。村井の知り合いの島田凪という少女が、対立グループに売春をさせられることになった。事件での対立グループは、木戸涼平とその仲間。島田凪の行方がわからない。ということを村井から聞き出した。
富田と有沢は、小松川署の担当者である田中巡査部長たちに、本部の少年事件係として協力する形に進展していく。木戸涼平の捜査と、島田凪の行方の捜査がここから始まって行く。
つまり、少年少女の捜査と警視庁の浄化装置修復作戦。全く次元の異なる二つの課題がパラレルに進展していく。
少年事件係の捜査実務と警視庁の浄化装置修復作戦の接点が生まれてくる。どのようにしてその接点が論理的に推定されていくか。そして、どんなアクションをとるのか。そこがこのストーリーのエンタ-テインメント性の発揮どころとなっている。これまたおもしろいつながりとなっていく。そこに亡者が絡んでくるのだから。
警視庁舎の浄化装置修復について、少し触れておこう。結界に関わるものはまず、三種の神器の剣と鏡と勾玉である。警視庁内におけるそれに相当するものは何か。庁舎の二階には初代大警視・川路利良の愛刀が展示されている。それはちゃんと保管されていた。六階の鏡は破壊されていた。勾玉はどこにあるのか・・・・・。
さらに、この庁舎に対して、結界がどのように張られているのか。それが破られているとすれば、どこがどのように、・・・・。そこに、陰陽師本家と祓い師たちの活躍の場がある。
勿論、最後は結界を張り直すという行動が実行されることになる。
このストーリーの構成の妙味は、神田署の刑事組対課強行犯係の橘川係長に富野がアプローチして、警視庁内の浄化装置修復作戦の協力者に捲き込んでいくところにある。橘川係長はオカルトマニアなのだ。そして、神霊世界について、豊富な知識を持っている。彼は既に、鬼龍と孝景の能力を信じた警察官の一人であった。
もう一つ、警察小説と伝奇小説を融合するのをスムーズにするために、第2章の初めに、富野が有沢に「亡者」について説明してやるという記述と会話がある。これが融合への自然さを加えている。読者にその概念を伝えることにもなるのだから。その箇所をご紹介しておこう。
「怨恨、激しい怒り、喪失感、劣等感、自己憐憫、妬み・・・・・。そうした負の想念が濃縮され、一ヵ所に凝り固まると、大きな影響力を持つ『陰の気』となることがある。
その『陰の気』に取り付かれたのが亡者だ。亡者になると理性が失われる。いや、麻痺すると言うべきか。理性はあるのだが、それがどこかに追いやられるのだ。
そして、『陰の気』によって情欲がむき出しになる。激しい暴力衝動や性欲に従って行動するようになるのだ」(p17-18)と富野は語る。
富野「いくら何でもおかしい。そういったのはおまえだ」
有沢「でも、その理由が亡者だなんて・・・・・・」
富野「俺だってばかばかしいと思う。だが、原因を知る手がかりになるかもしれない。
さあ、ごちゃごちゃ言ってないで、鬼龍と孝景に電話しろ」 (p18)
本作のタイトル「脈動」がどこに由来するか。脈動という語句は一切出て来ない。
だが、最終段階に亜紀がある場所で鬼龍が唱える祝詞と同じものを唱える場面が描写される。この場面に由来すると受け止めた。どんな場面かお楽しみに。
その祝詞とは「ひとふたみよいつむゆななやここのたり・・・・・」
警察小説好きには、気分転換になる一書といえる。少年事件の捜査がパラレルに進展するストーリーであり、それが警視庁の浄化装置修復作戦というオカルト・ストーリーとリンクしていくのだから、小説ならではの面白さがある。ストーリーの進展を楽しみたい人にはお奨め。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『白夜街道』 文春文庫
『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『審議官 隠蔽捜査9.5』 新潮社
『マル暴 ディーヴァ』 実業之日本社
『秋麗 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『探花 隠蔽捜査9』 新潮社
「遊心逍遙記」に掲載した<今野敏>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 97冊
現在は、警察小説と亡者祓い師たちの登場する伝奇小説を融合させた領域にシフトし、事件の捜査とオカルトが渾然と結びつくエンターテインメント小説になっている。
本書は2023年6月に単行本が刊行された。
なぜ、警察小説と伝奇小説をハイブリッドに出きるのか。それは、警察官富野輝彦を鬼龍光一とのリンキング・パーソンとして、富野を主人公に登場させていることによる。鬼龍は脇役に回り、富野に協力する形になった。
富野の警察官としての肩書は、正式に言えば、警視庁生活安全部少年事件課少年事件第三係となる。略して言えば、少年事件係。職位は巡査部長。
刑事事件(刑法が適用され、処罰されるべき事件)の捜査にあたる巡査や巡査部長、警部などは刑事と称される。少年事件係はそうではないので、警察官、捜査員と呼ぶのだろうか。
富野には、全く自己認識がないのだが、富野の先祖を遡るとトミ氏、トミノナガスネ彦の系譜なのだと鬼龍は言う。鬼龍は鬼道衆で、鬼道衆は卑弥呼の鬼道に由来するらしい。鬼龍とペアのようにして登場する祓い師の安部孝景は奥州勢という一派に属している。トミ氏は鬼道衆や奥州勢よりも上位の祓い師(術者)だと見做されてきたらしい。この点で、富野はオカルトの領域とのリンキング・パーソンになっている。富野は祓いについては一切知らないが、鬼龍や孝景が亡者祓いをする瞬間に、光が発するのを感じることができる。富野の相棒である有沢英行は、富野の傍にいてその場に立ち会っていても光の発生など感じない。
このストーリー、警視庁内で、捜査一課の刑事が記者クラブの記者を殴るという事件が6日前に起こったというところから始まる。有沢が何かがおかしいと富野に投げかけたことを契機に、富野はこの状況に関心を持ち始める。
さらに、庁舎内で男女の淫らな行為が目撃されるという事態が発生。更には少し前に、庁舎6階の鏡が壊されるという破壊行為も発生していた。立て続けに不祥事が発生している。警察用語で言う非違行為が頻発していた。記者を殴った刑事は、富野の同期の警察官だったことが、しばらく後でわかる。
その矢先に、神田にある私立高校の生徒、池垣亜紀から富野に電話がかかってくる。亜紀は、警視庁内での問題事象をネット情報で知ったと言い、富野にそれは亡者になったやつらの仕業だと告げる。亜紀は富野に強力な術者に相談するよう助言した。亜紀は玄妙道の術者なのだ。富野は亜紀の助言を無視できない。
富野は、鬼龍と孝景を呼び出し、相談をもちかけることにした。
鬼龍は話を聞き、非違行為の頻出は、過去に誰かが警視庁に張っていた結界が、何者かによって破られた。このままでは警視庁の警察組織は崩壊する。結界の有り様と破れをまず早急に調べ、結界を張り直さねばならないと言う。どのようにして調べるか。
警視庁の浄化装置修復作戦は、まず玄妙道の亜紀を捲き込んで相談することから始まる。
そして、富野が祓い師たちを案内し、まず警視庁内を調べて回ることになるのだから、おもしろい。どう理由づけし、祓い師たちを警視庁内で自由に行動させるか・・・・。
さらには現在の陰陽師本家である萩原家をも捲き込んでいくことに発展していく
富野・有沢と術者の鬼龍・孝景・亜紀が調べ方を相談した翌日の朝、富永と有沢は、小松川署に行き、少年の傷害事件の送検に立ち会うよう係長に命じられる。それは不良少年たちの荒川の河川敷での乱闘事件だった。
富野は送検対象となっている少年、村井猛の取り調べをする。村井の知り合いの島田凪という少女が、対立グループに売春をさせられることになった。事件での対立グループは、木戸涼平とその仲間。島田凪の行方がわからない。ということを村井から聞き出した。
富田と有沢は、小松川署の担当者である田中巡査部長たちに、本部の少年事件係として協力する形に進展していく。木戸涼平の捜査と、島田凪の行方の捜査がここから始まって行く。
つまり、少年少女の捜査と警視庁の浄化装置修復作戦。全く次元の異なる二つの課題がパラレルに進展していく。
少年事件係の捜査実務と警視庁の浄化装置修復作戦の接点が生まれてくる。どのようにしてその接点が論理的に推定されていくか。そして、どんなアクションをとるのか。そこがこのストーリーのエンタ-テインメント性の発揮どころとなっている。これまたおもしろいつながりとなっていく。そこに亡者が絡んでくるのだから。
警視庁舎の浄化装置修復について、少し触れておこう。結界に関わるものはまず、三種の神器の剣と鏡と勾玉である。警視庁内におけるそれに相当するものは何か。庁舎の二階には初代大警視・川路利良の愛刀が展示されている。それはちゃんと保管されていた。六階の鏡は破壊されていた。勾玉はどこにあるのか・・・・・。
さらに、この庁舎に対して、結界がどのように張られているのか。それが破られているとすれば、どこがどのように、・・・・。そこに、陰陽師本家と祓い師たちの活躍の場がある。
勿論、最後は結界を張り直すという行動が実行されることになる。
このストーリーの構成の妙味は、神田署の刑事組対課強行犯係の橘川係長に富野がアプローチして、警視庁内の浄化装置修復作戦の協力者に捲き込んでいくところにある。橘川係長はオカルトマニアなのだ。そして、神霊世界について、豊富な知識を持っている。彼は既に、鬼龍と孝景の能力を信じた警察官の一人であった。
もう一つ、警察小説と伝奇小説を融合するのをスムーズにするために、第2章の初めに、富野が有沢に「亡者」について説明してやるという記述と会話がある。これが融合への自然さを加えている。読者にその概念を伝えることにもなるのだから。その箇所をご紹介しておこう。
「怨恨、激しい怒り、喪失感、劣等感、自己憐憫、妬み・・・・・。そうした負の想念が濃縮され、一ヵ所に凝り固まると、大きな影響力を持つ『陰の気』となることがある。
その『陰の気』に取り付かれたのが亡者だ。亡者になると理性が失われる。いや、麻痺すると言うべきか。理性はあるのだが、それがどこかに追いやられるのだ。
そして、『陰の気』によって情欲がむき出しになる。激しい暴力衝動や性欲に従って行動するようになるのだ」(p17-18)と富野は語る。
富野「いくら何でもおかしい。そういったのはおまえだ」
有沢「でも、その理由が亡者だなんて・・・・・・」
富野「俺だってばかばかしいと思う。だが、原因を知る手がかりになるかもしれない。
さあ、ごちゃごちゃ言ってないで、鬼龍と孝景に電話しろ」 (p18)
本作のタイトル「脈動」がどこに由来するか。脈動という語句は一切出て来ない。
だが、最終段階に亜紀がある場所で鬼龍が唱える祝詞と同じものを唱える場面が描写される。この場面に由来すると受け止めた。どんな場面かお楽しみに。
その祝詞とは「ひとふたみよいつむゆななやここのたり・・・・・」
警察小説好きには、気分転換になる一書といえる。少年事件の捜査がパラレルに進展するストーリーであり、それが警視庁の浄化装置修復作戦というオカルト・ストーリーとリンクしていくのだから、小説ならではの面白さがある。ストーリーの進展を楽しみたい人にはお奨め。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『白夜街道』 文春文庫
『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『審議官 隠蔽捜査9.5』 新潮社
『マル暴 ディーヴァ』 実業之日本社
『秋麗 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『探花 隠蔽捜査9』 新潮社
「遊心逍遙記」に掲載した<今野敏>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 97冊