遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『旅のネコと神社のクスノキ』 池澤夏樹・黒田征太郎 スイッチ・パブリッシング

2023-08-17 17:32:03 | 池澤夏樹
 先日、『ヤギと少年、洞窟の中へ』を読んだ。その時、共著の第一作として、本書が出ているということを知った。『ヤギと少年、洞窟の中へ』とは真逆で色彩豊かなイラストが描かれている。本書が共著による最初の絵本。
 このタイトルではどんな絵本か想像が及ばない。表紙は黒でクスノキの幹とネコが描かれているだけだから、表紙はタイトルの確認にとどまる。
 この絵本は、1945年7月はじめと9月末に広島市内を旅するネコに仮託した物語である。そう、8月6日、原爆投下、被爆、その惨状。被爆のビフォーとアフターを旅するネコの目と耳を仲介にして、物語っていく。旅のネコが話し合うのは小さな神社のクスノキと。その神社は、陸軍被服支廠の正門の横にあったという。
 本書は、2022年8月6日に第1刷が刊行された。購入したのは2023年8月6日発行の第三刷である。

 本書は、「ダイアログ」として最初に「旅のネコと神社のクスノキ」の絵物語が載っている。この絵本のページ数の大半を占めている。この絵本もまたページ番号が記されていない。物語の後に「ヒストリー 陸軍被服支廠」と題して、この陸軍被服支廠についての解説が8ページで語られている。
 ここでは、陸軍被服支廠の歴史/8月6日の原爆投下の事実/爆心からわずか2.7キロに位置するこの被服支廠が倒壊しなかった事実/被曝後のこの建物の状況/なぜ原爆は広島に落とされたのか?について、池澤が記述している。

 「ダイアログ」の物語に少しふれておこう。一匹のネコが7月初めに旅をする。そして大きな建物に出会う。それが「りくぐんひふくしょー」。ネコはこれはなに?と疑問を抱く。神社のクスノキと会話して、教えてもらうことに・・・。
 そして、「でも、戦争は道理にかなっているの?」とネコは問い、「いない だからきっと恐ろしいことが起こるんだ ヘータイさんが撃った弾がぜんぶ一つになって返ってくる」と神社のクスノキが答える。
 9月末、旅のネコは、比治山を山越えし、クスノキの許にやって来る。ネコは山の向こうで見たことを語る。クスノキは何が起こったのか-被曝当日とその後の状況-をネコに語る。

 比治山の南側にあった被服支廠の建物は残り、こちら側の草木は元気に繁り、花を咲かせていたのである。
 
 ネコは草や葉の間から沢山、だれかが見ていると感じる。クスノキはいう「死んだ人たちの目だよ 今から先の方を 見ているんだ」と。

 この物語はクスノキの語る代弁により締めくくられる。

    自分たちはもうしかたがない
    でもまたこどもはうまれるし
    こどもはそだつ

    そのときに草や木から
    力をもらおうとおもって
    みんな草のあいだ
    木の葉のあいだから世界をみている

 原爆投下、被爆とその惨状という歴史的事実を、陸軍被服支廠という現存する建物を介在させ、被服支廠を語るという形、それもネコとクスノキとの対話という間接的な形で語っていく。そこで語られている内容は実に重い。この歴史的事実は今も猶進行形の課題を含む。
 「みんな草のあいだ 木の葉のあいだから世界を見ている」
 この感性を大切にし、あの日の事実を忘れてはならないのではないか。

 衣服支廠の正門の横に小さな神社があったのは事実だそうだ。「そこにクスノキがあったというのはぼくの創作だが、・・・・」と著者池澤は記している。

 ヒロシマ・ナガサキの原爆被爆については、今迄に写真集や詩、文を読んだり、報道で関連映像に接したりしてきた。しかし、ここで題材としてフォーカスされた陸軍被服支廠については知識も記憶もなかった。比治山のことも遅ればせながら本書で知った。
 今年で78年。被爆の状況、事実については、まだまだ知らないこと、知らされていないことに満ちている・・・・それが事実、そんな思いが湧き起こる。
 被爆という事実。被爆を生み出した背後に潜む事実。被爆の実態と被爆者の現状。
 これらを風化させてはならない。ヒロシマ・ナガサキは現在進行形なのだ。
 それどころか、核問題は形を変えていま改めてグローバルかつ重要な喫緊の問題事象になっているのだから。
 因果の連鎖と政治経済のダイナミズムの中で、全てがリンクしているように思う。
 
 絵本という形でワンクッションを置いて、ヒロシマの被爆を知る、捉え直してみる、そんな機会になる。8.6を語り継ぐのに役立つ一冊だと感じている。

 ご一読ありがとうございます。


補遺
旧広島陸軍被服支廠   :「広島県」
広島陸軍被服支廠    :ウィキペディア
  広島市への原子爆弾投下の爆心地から2670メートルの距離
旧陸軍被服支廠の三次元動画を公開中! :「広島県土地家屋調査士会」
比治山 71m  :「10th YAMAP」
比治山「平和の丘」 :「広島市」
砂澤ビッキ  :ウィキペディア
街角美術館 砂澤ビッキ制作『四つの風』 札幌芸術の森野外美術館 
                  :「ワイン好きの料理おたく 雑記帳」
「四つの風」最後の1本 札幌芸術の森 <ドローン撮影>  :「北海道新聞」

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『ヤギと少年、洞窟の中へ』 黒田征太郎との共著 スイッチ・パブリッシング
以下は、[遊心逍遙記]に掲載しています。
『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』  堀川惠子 文藝春秋 
『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』  堀川惠子  講談社

『第二楽章 ヒロシマの風 長崎から』 編 吉永小百合 画 男鹿和雄 徳間書店
『決定版 長崎原爆写真集』 「反核・写真運動」監修 小松健一・新藤健一編 勉誠出版
『決定版 広島原爆写真集』「反核・写真運動」監修 小松健一・新藤健一編 勉誠出版
『ナガサキ消えたもう一つの「原爆ドーム」』 高瀬 毅  文春文庫
『ヒロシマの空白 被爆75年』  中国新聞社  中国新聞社×ザメディアジョン
『原爆写真 ノーモア ヒロシマ・ナガサキ』 黒古一夫・清水博義 編 日本図書センター
『普及版完本 原爆の図 THE HIROSHIMA PANELS』 共同制作=丸木位里・丸木俊 小峰書店
                                  以上

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