先日、『ヤギと少年、洞窟の中へ』を読んだ。その時、共著の第一作として、本書が出ているということを知った。『ヤギと少年、洞窟の中へ』とは真逆で色彩豊かなイラストが描かれている。本書が共著による最初の絵本。
このタイトルではどんな絵本か想像が及ばない。表紙は黒でクスノキの幹とネコが描かれているだけだから、表紙はタイトルの確認にとどまる。
この絵本は、1945年7月はじめと9月末に広島市内を旅するネコに仮託した物語である。そう、8月6日、原爆投下、被爆、その惨状。被爆のビフォーとアフターを旅するネコの目と耳を仲介にして、物語っていく。旅のネコが話し合うのは小さな神社のクスノキと。その神社は、陸軍被服支廠の正門の横にあったという。
本書は、2022年8月6日に第1刷が刊行された。購入したのは2023年8月6日発行の第三刷である。
本書は、「ダイアログ」として最初に「旅のネコと神社のクスノキ」の絵物語が載っている。この絵本のページ数の大半を占めている。この絵本もまたページ番号が記されていない。物語の後に「ヒストリー 陸軍被服支廠」と題して、この陸軍被服支廠についての解説が8ページで語られている。
ここでは、陸軍被服支廠の歴史/8月6日の原爆投下の事実/爆心からわずか2.7キロに位置するこの被服支廠が倒壊しなかった事実/被曝後のこの建物の状況/なぜ原爆は広島に落とされたのか?について、池澤が記述している。
「ダイアログ」の物語に少しふれておこう。一匹のネコが7月初めに旅をする。そして大きな建物に出会う。それが「りくぐんひふくしょー」。ネコはこれはなに?と疑問を抱く。神社のクスノキと会話して、教えてもらうことに・・・。
そして、「でも、戦争は道理にかなっているの?」とネコは問い、「いない だからきっと恐ろしいことが起こるんだ ヘータイさんが撃った弾がぜんぶ一つになって返ってくる」と神社のクスノキが答える。
9月末、旅のネコは、比治山を山越えし、クスノキの許にやって来る。ネコは山の向こうで見たことを語る。クスノキは何が起こったのか-被曝当日とその後の状況-をネコに語る。
比治山の南側にあった被服支廠の建物は残り、こちら側の草木は元気に繁り、花を咲かせていたのである。
ネコは草や葉の間から沢山、だれかが見ていると感じる。クスノキはいう「死んだ人たちの目だよ 今から先の方を 見ているんだ」と。
この物語はクスノキの語る代弁により締めくくられる。
自分たちはもうしかたがない
でもまたこどもはうまれるし
こどもはそだつ
そのときに草や木から
力をもらおうとおもって
みんな草のあいだ
木の葉のあいだから世界をみている
原爆投下、被爆とその惨状という歴史的事実を、陸軍被服支廠という現存する建物を介在させ、被服支廠を語るという形、それもネコとクスノキとの対話という間接的な形で語っていく。そこで語られている内容は実に重い。この歴史的事実は今も猶進行形の課題を含む。
「みんな草のあいだ 木の葉のあいだから世界を見ている」
この感性を大切にし、あの日の事実を忘れてはならないのではないか。
衣服支廠の正門の横に小さな神社があったのは事実だそうだ。「そこにクスノキがあったというのはぼくの創作だが、・・・・」と著者池澤は記している。
ヒロシマ・ナガサキの原爆被爆については、今迄に写真集や詩、文を読んだり、報道で関連映像に接したりしてきた。しかし、ここで題材としてフォーカスされた陸軍被服支廠については知識も記憶もなかった。比治山のことも遅ればせながら本書で知った。
今年で78年。被爆の状況、事実については、まだまだ知らないこと、知らされていないことに満ちている・・・・それが事実、そんな思いが湧き起こる。
被爆という事実。被爆を生み出した背後に潜む事実。被爆の実態と被爆者の現状。
これらを風化させてはならない。ヒロシマ・ナガサキは現在進行形なのだ。
それどころか、核問題は形を変えていま改めてグローバルかつ重要な喫緊の問題事象になっているのだから。
因果の連鎖と政治経済のダイナミズムの中で、全てがリンクしているように思う。
絵本という形でワンクッションを置いて、ヒロシマの被爆を知る、捉え直してみる、そんな機会になる。8.6を語り継ぐのに役立つ一冊だと感じている。
ご一読ありがとうございます。
補遺
旧広島陸軍被服支廠 :「広島県」
広島陸軍被服支廠 :ウィキペディア
広島市への原子爆弾投下の爆心地から2670メートルの距離
旧陸軍被服支廠の三次元動画を公開中! :「広島県土地家屋調査士会」
比治山 71m :「10th YAMAP」
比治山「平和の丘」 :「広島市」
砂澤ビッキ :ウィキペディア
街角美術館 砂澤ビッキ制作『四つの風』 札幌芸術の森野外美術館
:「ワイン好きの料理おたく 雑記帳」
「四つの風」最後の1本 札幌芸術の森 <ドローン撮影> :「北海道新聞」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『ヤギと少年、洞窟の中へ』 黒田征太郎との共著 スイッチ・パブリッシング
以下は、[遊心逍遙記]に掲載しています。
『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』 堀川惠子 文藝春秋
『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』 堀川惠子 講談社
『第二楽章 ヒロシマの風 長崎から』 編 吉永小百合 画 男鹿和雄 徳間書店
『決定版 長崎原爆写真集』 「反核・写真運動」監修 小松健一・新藤健一編 勉誠出版
『決定版 広島原爆写真集』「反核・写真運動」監修 小松健一・新藤健一編 勉誠出版
『ナガサキ消えたもう一つの「原爆ドーム」』 高瀬 毅 文春文庫
『ヒロシマの空白 被爆75年』 中国新聞社 中国新聞社×ザメディアジョン
『原爆写真 ノーモア ヒロシマ・ナガサキ』 黒古一夫・清水博義 編 日本図書センター
『普及版完本 原爆の図 THE HIROSHIMA PANELS』 共同制作=丸木位里・丸木俊 小峰書店
以上
このタイトルではどんな絵本か想像が及ばない。表紙は黒でクスノキの幹とネコが描かれているだけだから、表紙はタイトルの確認にとどまる。
この絵本は、1945年7月はじめと9月末に広島市内を旅するネコに仮託した物語である。そう、8月6日、原爆投下、被爆、その惨状。被爆のビフォーとアフターを旅するネコの目と耳を仲介にして、物語っていく。旅のネコが話し合うのは小さな神社のクスノキと。その神社は、陸軍被服支廠の正門の横にあったという。
本書は、2022年8月6日に第1刷が刊行された。購入したのは2023年8月6日発行の第三刷である。
本書は、「ダイアログ」として最初に「旅のネコと神社のクスノキ」の絵物語が載っている。この絵本のページ数の大半を占めている。この絵本もまたページ番号が記されていない。物語の後に「ヒストリー 陸軍被服支廠」と題して、この陸軍被服支廠についての解説が8ページで語られている。
ここでは、陸軍被服支廠の歴史/8月6日の原爆投下の事実/爆心からわずか2.7キロに位置するこの被服支廠が倒壊しなかった事実/被曝後のこの建物の状況/なぜ原爆は広島に落とされたのか?について、池澤が記述している。
「ダイアログ」の物語に少しふれておこう。一匹のネコが7月初めに旅をする。そして大きな建物に出会う。それが「りくぐんひふくしょー」。ネコはこれはなに?と疑問を抱く。神社のクスノキと会話して、教えてもらうことに・・・。
そして、「でも、戦争は道理にかなっているの?」とネコは問い、「いない だからきっと恐ろしいことが起こるんだ ヘータイさんが撃った弾がぜんぶ一つになって返ってくる」と神社のクスノキが答える。
9月末、旅のネコは、比治山を山越えし、クスノキの許にやって来る。ネコは山の向こうで見たことを語る。クスノキは何が起こったのか-被曝当日とその後の状況-をネコに語る。
比治山の南側にあった被服支廠の建物は残り、こちら側の草木は元気に繁り、花を咲かせていたのである。
ネコは草や葉の間から沢山、だれかが見ていると感じる。クスノキはいう「死んだ人たちの目だよ 今から先の方を 見ているんだ」と。
この物語はクスノキの語る代弁により締めくくられる。
自分たちはもうしかたがない
でもまたこどもはうまれるし
こどもはそだつ
そのときに草や木から
力をもらおうとおもって
みんな草のあいだ
木の葉のあいだから世界をみている
原爆投下、被爆とその惨状という歴史的事実を、陸軍被服支廠という現存する建物を介在させ、被服支廠を語るという形、それもネコとクスノキとの対話という間接的な形で語っていく。そこで語られている内容は実に重い。この歴史的事実は今も猶進行形の課題を含む。
「みんな草のあいだ 木の葉のあいだから世界を見ている」
この感性を大切にし、あの日の事実を忘れてはならないのではないか。
衣服支廠の正門の横に小さな神社があったのは事実だそうだ。「そこにクスノキがあったというのはぼくの創作だが、・・・・」と著者池澤は記している。
ヒロシマ・ナガサキの原爆被爆については、今迄に写真集や詩、文を読んだり、報道で関連映像に接したりしてきた。しかし、ここで題材としてフォーカスされた陸軍被服支廠については知識も記憶もなかった。比治山のことも遅ればせながら本書で知った。
今年で78年。被爆の状況、事実については、まだまだ知らないこと、知らされていないことに満ちている・・・・それが事実、そんな思いが湧き起こる。
被爆という事実。被爆を生み出した背後に潜む事実。被爆の実態と被爆者の現状。
これらを風化させてはならない。ヒロシマ・ナガサキは現在進行形なのだ。
それどころか、核問題は形を変えていま改めてグローバルかつ重要な喫緊の問題事象になっているのだから。
因果の連鎖と政治経済のダイナミズムの中で、全てがリンクしているように思う。
絵本という形でワンクッションを置いて、ヒロシマの被爆を知る、捉え直してみる、そんな機会になる。8.6を語り継ぐのに役立つ一冊だと感じている。
ご一読ありがとうございます。
補遺
旧広島陸軍被服支廠 :「広島県」
広島陸軍被服支廠 :ウィキペディア
広島市への原子爆弾投下の爆心地から2670メートルの距離
旧陸軍被服支廠の三次元動画を公開中! :「広島県土地家屋調査士会」
比治山 71m :「10th YAMAP」
比治山「平和の丘」 :「広島市」
砂澤ビッキ :ウィキペディア
街角美術館 砂澤ビッキ制作『四つの風』 札幌芸術の森野外美術館
:「ワイン好きの料理おたく 雑記帳」
「四つの風」最後の1本 札幌芸術の森 <ドローン撮影> :「北海道新聞」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『ヤギと少年、洞窟の中へ』 黒田征太郎との共著 スイッチ・パブリッシング
以下は、[遊心逍遙記]に掲載しています。
『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』 堀川惠子 文藝春秋
『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』 堀川惠子 講談社
『第二楽章 ヒロシマの風 長崎から』 編 吉永小百合 画 男鹿和雄 徳間書店
『決定版 長崎原爆写真集』 「反核・写真運動」監修 小松健一・新藤健一編 勉誠出版
『決定版 広島原爆写真集』「反核・写真運動」監修 小松健一・新藤健一編 勉誠出版
『ナガサキ消えたもう一つの「原爆ドーム」』 高瀬 毅 文春文庫
『ヒロシマの空白 被爆75年』 中国新聞社 中国新聞社×ザメディアジョン
『原爆写真 ノーモア ヒロシマ・ナガサキ』 黒古一夫・清水博義 編 日本図書センター
『普及版完本 原爆の図 THE HIROSHIMA PANELS』 共同制作=丸木位里・丸木俊 小峰書店
以上