遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『プライド2 捜査手法』  濱 嘉之  講談社文庫

2024-02-12 21:01:53 | 濱嘉之
 プライド・シリーズの第2弾、書き下ろし文庫。2024年1月に刊行された。
 田園調布署管内の3駐在所それぞれに勤務する警察官たちの家族付き合いから、同年齢の息子達が幼馴染みとなる。その3人が歩んだ径路は異なるが、結果的に警察官になっていた。警察庁、警視庁というピラミッド型警察組織の中で、3人は警察組織での階級も職域も全く異なるが、幼馴染みの絆が、警察組織の壁を乗り越えて、法の下での正義のために情報交換し、協力し合い、重要な事件の解決への推進力となっていく。いわば、警察、警察官のプライドを実践するというストーリーである。

 この『プライド2』では、本城清四郎が中心になり、清四郎が幼馴染みの高杉隆一と大石和彦とコンタクトをとり、3人の協力関係が進展する。
 本城清四郎は私立大学に進み、大学時代はゴルフ三昧。その特技でかなりの人脈を作っている。結果的に警視庁に入庁する道に進み、組織犯罪対策部で現場一筋の捜査にやり甲斐を感じて邁進し、巡査部長に留まっている。ようやく昇任試験に目を向け始めたところ。捜査での情報分析能力を認められている。
 高杉隆一は高校卒業後警視庁に入庁。警察学校時代に一週間の世話係となった上原の薫陶と影響を受け、警察官としての能力を発揮する上で昇任の重要を認識し意識した。順調に昇任試験に合格。隆一は海外研修としてFBI派遣をも経験している。今の階級は警視庁警視。丸の内署の刑事課長である。
 大石和彦は、東大卒業後、キャリアとして警察庁に入庁。公安分野のキャリアの道を歩む。在ロシア日本大使館参事官として3年間赴任し、2003年4月に帰国。今は警察庁警視正。警備局警備企画課第二理事官。このストーリーの進展中、2005年(平成17年)3月末、警視庁公安部公安総務課長に異動する。
 3人のこの職域とキャラクターが、このストーリーの広がりという点で面白さを加える背景となっていく。

 プロローグは、2004年(平成16年)4月に、本城清四郎が組織犯罪対策部長に呼び出される。巡査部長時代最後の仕事として、コールドケース-迷宮入りの未解決事件-から事件を抽出して、その解決に取り組んでほしいと指示される場面から始まる。
 清四郎は平成元年から16年分のコールドケースのデータから2件に絞り込んだ。一件は永田町を中心としたマル暴絡みの詐欺事件。もう一件は渋谷区内で発生した不動産奪取案件。こちらは北朝鮮による拉致問題にも裏で関係するもので、警察官僚も関わっていた。 清四郎は、キャリアの太平組対三課長に部長の指示を報告した後、太平課長に警視庁公安部公安総務課内にある相関図ソフトを活用することを進言した。太平課長はこの相関図ソフトを知らなかった。この相関図ソフトが公安部ではここしばらくお蔵入りになっていた実態から始まるところがおもしろい。頻繁なキャリアの人事異動に伴う引き継ぎの不十分さを皮肉っていることにもなる。清四郎の進言から、この相関図ソフトが復活することに。かつて高杉隆一の世話係を担当した上原がこのとき、公安総務課の理事官になっていた。彼は隆一を介して清四郎を知っていた。人のつながりの妙である。
 公総課長のところで、清四郎が取りかかろうと考えている事件に絡んで、過去の事件関連から5人のデータを説明し、上原理事官が相関図ソフトの検索エンジンにデータを入力した。その結果、新たに相関図が生成された。それが、まさにパンドラの箱をあけた気分をその場にいた者に感じさせることになる。
 なぜか? その相関図には、ヤクザ、政治家、新興宗教団体・世界平和教関係者の名前が含まれていたからだ。

 この『プライド2』のタイトルは『捜査手法』である。このストーリー、まさにその捜査手法自体にフォーカスを当てる展開になっている。清四郎が採りあげたコールドケースに対して、水と油のように分かれていた公安警察と刑事警察が事件解決のために情報交換を密に行う展開が始まっていく。つまり、捜査手法の異なる点をクリアしつつ、事件解決のために協力する姿が描き込まれていくという次第。
 コールドケースを扱う故に、その事件当時の社会背景を踏まえた事実関係の再捜査と情報収集並びに情報の分析がストーリー進展の中心になっていく。

 フィクションという形ではあるが、平成10年代(1998~)頃の日本並び世界の政治経済状況がもろにこのストーリーに反映している。いわば情報小説の色彩が濃厚になっている。当時の社会状況、世界状況を思い起こしてとらえなおしてみる上で、情報分析の機微が内包されていると言える。
 フィクションに仮託して描かれていく場面の会話に、例えば次の事項が登場する。
 世界平和教の霊感商法について。少年法と犯罪少年のデータ抹消について。名簿商法の横行。霊園問題。政治家に対するハニートラップ。財政投融資問題の一側面。静音保持法制定の経緯。空き家対策問題・・・・。まさに、現実世界を考える上でも、ここには考える材料が豊富に書き込まれている。

 本作で興味深いと感じたのは、反社会勢力の裏社会においても、関東と関西に構造的・風土的な相違点があることだ。捜査の一環として清四郎は武田班長と一緒に関西に出張し情報収集するとともにその差異を実感するというサブストーリーが第3章として織り込まれている。社会構造的な一側面にフォーカスして、フィクションの形で実態を反映させ、切り込んでいるのだろう。
 
 大石和彦が警視庁の公安総務課長に就任した時点(第4章)から、清四郎、隆一との関わりが密になっていく。ここからの展開がやはりおもしろい。幼馴染みの絆で結ばれた上に、警察官としてのプライドが彼等の協力関係を一層緊密にしていく。それが当面の事件解決への梃子になる。このあたりがやはり読ませどころと言える。

 清四郎を主軸にした事件解決のための関連情報捜査が幅広く描かれていく故に、取り組んだコールドケースでの容疑者の捜査追跡ストーリーという局面が少しショートカットされている感を受ける。その局面の具体的描写が少ないように思う。
 これは、相関図で表れた広がりと政治家の関与部分をいずれ確実に叩くために、今回はピンポイントで最大の弱点だけを潰すという解決策に持ち込む政治案件となることによるせいかもしれない。
 逆に捕らえると、事件処理という点で、このシリーズがさらに続くことが明白になったとも言える。和彦が公総課長になったことが今後さらに、ストーリーをおもしろくしていくのではないか。今後の展開に期待したい。

 情報小説の側面が強く表に出て来ている印象がのこった。この情報小説という側面は考える材料として、私の好みであるので、今後の進展を楽しみにしている。

 エピローグは、2006年初夏の日曜日の昼前に、隆一、清四郎、和彦の3人が地中海料理屋のテーブル席で会話をする場面で終わる。会話の一部として以下のような発言が書きこまれている。
「国会というところはまさに魑魅魍魎の巣だからな。特に比例代表で出てくるような議員の中には、なんでこんな奴が国民の代表なんだ・・・・と思ってしまう輩もいるのが事実だ」 p384
「とはいえ、企業からの政治献金は規制が掛からないままになっているんじゃないのか」 p385
「実はそうなんだ。政治家の発想が国民からますます乖離していることを、一旦政治家になってしまうと忘れてしまうんだな。・・・・・・」 p385
 この会話、現在の状況を重ねてみると、今も何ら変わっていない思いを強くする。
 ここにも著者のアイロニーが込められているのではないか。
 高潔な政治家不在。政治屋の蔓延・・・・・・それが変わらぬ現実なのか。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『孤高の血脈』   文藝春秋
『プライド 警官の宿命』   講談社文庫
『列島融解』   講談社文庫
『群狼の海域 警視庁公安部・片野坂彰』  文春文庫

「遊心逍遙記」に掲載した<濱 嘉之>作品の読後印象記一覧 最終版
 2022年12月現在 35冊

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『平安貴族とは何か 三つの... | トップ | 『半暮刻』  月村了衛  ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

濱嘉之」カテゴリの最新記事