珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
毒とユーモアを楽しんで頂ければ幸いでございます。

年始

2022-01-02 | 日記
今年もこんな記事を書くのはいい加減うんざりなんだけど、こんなんを見ると、つい書いてしまう(´ε`;)…
もう根競べですね。


彼らはどうしても感染者を出したい。
どうしたら出せるかって、PCR検査をやり続ければ未来永劫「感染者」は出せる。
騒動は延々続く。
(逆をいえば、これを取り上げられたら一瞬で終わる)
何をノーって言われるのが困るかというと、マスクでも自粛でもなくて、PCR検査を断られると困る。
だから死に物狂いでこれをやめさせない。

当然口では
「それは感染症対策のため」であり、
「愛する人を守るため」であり、
「陽性者をしらみつぶしに見つけて隔離すれば、この騒動は収束していく」のであり、
「見逃すと、その人が知らないうちにウイルスを撒き散らして収束しないのだ」と
心にもないことを言う。

平然と言う。

真に受けてくれる人、或いは、断ると社会性がないと思われるから逆らえない人に加えて、逆らったら罰金というトドメを刺して、誰も逆らえないようにする。

人間って自分の保身のためなら、ここまでやる生き物なんですね。
2年間、こんなんばっかり見ているうちに、こんな生き物、むしろ減った方がいいんじゃないかと思ってしまう。(本音です)

こんなんで今年もヘタレずに書けるかなあ?( ̄∇ ̄) 
というわけであまり気合が入っていませんが、本年もテキトーに流し読みしてください。
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両方を書く人

2022-01-02 | 思うこと
獅子風蓮さんの内海聡批判の記事を読んで、むしろ感謝がわいてきてしまった(笑)
皮肉にも獅子さんが批判する内海氏の言葉が、私が賛同した部分だったりする。
例えばこの箇所、

>そして一番の問題は、陰謀論を唱えるものたちの多くが、自称覚醒者にすぎず嘘つきであり、被害妄想的であり自分の問題は直視せず、正しいことにすがるだけのダブルスタンダードに過ぎないことが見えるからである。

これは私は、ある意味よくわかる。
具体的には例えばSのアンチが、そのアンチたる理由を、さも正義のようにあげつらいながら、その実、彼らとソックリなことをしているダブスタを見た時ですね。
殊さら「正義の旗の下に、個人を汚い言葉で中傷する撲滅座談会を批判しながら、自分が特定されないと、それ以上の罵詈雑言座談会に嬉々として参加する実態」をこれでもかと見た時、これは私にはド・ストレートに刺さりましたね。

>そうやって世の中を~といっている人々が、実は嘘つきでありダブルスタンダードを起こしている。……
>往々にして社会毒の問題を認識しだした人たちも、自分が正しいということの主張や押し付けに走ることがほとんである。……


本当にその通りと思った。
偽善だなあと思い知りましたね。

>結局一番大事と思うのは、まずは自分であり、次には極小単位である家族、つまり親子の関係改善でありコミュニケーションの充実なのである。

これを逃げずに書く人を、私はまず信用する。
 
要は
これが意外といないんですよ、批判と自分の両方を書く人って。
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