珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
毒とユーモアを楽しんで頂ければ幸いでございます。

宿題

2020-05-22 | 娘と夫の話
自宅待機中の娘は宿題がいろいろあるようで、その中には洗濯や掃除のレポートがある。

「家の中の掃除はつまらないからママの仕事をやりたい」というので、いちばん大きな物件に連れて行った。
雑巾を絞られせたり草むしりをさせたら案外楽しそうだった。
カマを渡したら生まれて初めて見たらしく、「これ何?ナタ?クワ?」ときかれた( ̄▽ ̄;)
彼女にとっては、カマもクワもナタも架空の産物なんだと知る。
改めてしょうもない都会のモヤシっ子なのである。

3時間ほど働かせて「どう?ママはこういうの毎日一人でやってるけど?」と訊いたら
「年齢のわりに恐ろしい体力」と返ってきた。
ということで、体力的な威厳はまだありそうだと思う。

最後にモップやバケツを持たせてスマホで写真を撮った。
掃除に関しては、お陰で友達よりクオリティの高いレポートが作れると嬉しそうだった。
こんな仕事が思わぬ形で評価される日がくるとは、と笑ってしまった一件であった。
コメント

学校事情14

2020-05-21 | 日記
娘の担任から電話がかかってきた。
「家庭訪問ができないから電話をします」と数日前にメールがあった。
首都圏の自粛延期がどうなろうと、私の住んでいる市は今月末までは登校不可と以前から決まっている。
誰が決めたのか、なんでそんなことをするのか全くもってミステリーだけど、鋼鉄のようなビクリともしない掟がある。
じゃあ来月1日から即登校かというとそうとも限らず、
「それから審議に入って父兄との相談やらいろいろな手続きを通すので、いつ再開かはわからない」
と担任は言った。

先日、各家庭のIT環境を知りたいと「パソコンやタブレットはあるか」等のアンケートのメールも来たので「ITの授業はしないんですか?」と尋ねたら
「やろうという発案もあったのですが、学校独自でやってはいけない。やるなら県で足並みを揃えないと言われて中止になりました」
と言われた。

最近、強く認識したことは、
「偉い人とか専門化の考えることはあまりにも計り知れなくて、私のような凡人には一生かけても理解できない」

もっとも理解できる専門家もいる。
精神科医の樺沢先生が言われるこれは理解できる。
本日の新型コロナウイルス。
東京都の新規の感染者は、「5人」。
1日当たりの感染者が2日続けて1桁となるのは
緊急事態宣言が出されて以降、初めてです。
また、感染者が30人以下となるのは11日連続。
東京都の重症者病床使用率は、なんと13%(5/18発表データ)。
どうみても、緊急事態宣言、解除してもいいでしょう?
0人になるまで、続けるつもりか?
(詳しくは公式ブログ参照)


改めて
0人になっても「油断は禁物」「2派が2派が」と、永遠に続けたくてたまらない人がいるのは理解できる。
それが何故かは計り知れなくて、凡人には考えてもわからないことも理解できる。
コメント (1)

怖がる人

2020-05-21 | 思うこと
一般世間ではそこまで知られていないかもしれないけど、Sの草創期から昭和くらいの教えには「謗法」と言って、
他宗(当時は邪宗)のお札やお守りが家にあったり、神社で手を合わせたり(お賽銭を投げたり、絵馬に願い事を書くなど論外)すると、不幸になるとか災いが起こると本気で信じられていた。
謗法警察ならぬ謗法払いである。

その煽り方が半端じゃなかったもんだから、信じられ方も半端じゃなかった。
温度差があったけど気にする人は凄かった。

草創期には恐怖にかられて仏壇や神棚を燃やして、私が青年部だった頃でさえ、人によってはファンシーな小物、例えばだるまをモチーフにした耳かきとか、××神社と書かれたキーホルダーとか、天使の置物やクロスのネックレスにまでにビビる始末。
それが過剰でも異常でもなくて、ふつうに受け入れられていた。
ウソじゃないですよ。そんなの見つけたら真顔で怒って捨てるように指導する人までいましたからね。

「そんな科学的事実なんかない」といったっところで通用しないんですよ。
信じなければそんな理屈はゴミみたいなもの。

ところで何故にそこまで他宗に攻撃的になったのかというと「不幸になる」「災いがくる」ことが怖かったからである。
人は怖いことに対して攻撃的になる。
攻撃してくる人はつまり「ものすごく怖がっている」んだよね。
そしてそこまで怖がった人って、いくら頭で大丈夫だと解っても行動が伴うまで時間がかかった。
「功徳」は疑えても「罰」にはずっと怯えてしまうというかね。
性格によるのかもしれないけど、いいことより悪いことが信じられやすいんだなあと思った。

徹底的に怖がらせる。
これが人を操る基本なんだなあと思う。
コメント (1)

正義の後

2020-05-20 | 日記
ネットに来てから人の本音と建て前のあまりの解離に、最初はびっくりしたものだった。
具体的には私の場合は、Sアンチブログの書き込みを見て、元S会員の
「実は前からこう思っていた」という果てしない愚痴、悪口、不満、疑問に呆然、唖然となった。

いやホントに会員時代はこんなこと、誰も「おくびにも」出さなかったよね?
むしろ私なんかが「何それ?」「なんで?」とあっさり疑問を口にしたら、本気で怒られたくらい皆ずっとマジメだったよね?
あれ全部、ふりだったの?心からの言動じゃなかったの?と。
まあ私がどっちかというと表裏の少ないタイプなのかもしれないけど、それにしても…と思った。

でも今はそれが少しはわかる気がする。

騒動以来、私はなるべく出歩かないようにしてるし、スーパーなんて絶対一人で行くし、当然マスクはかっちりするし、昨今のルールに従う模範的な行動をしている。
傍から見たらさぞかしウイルスが怖い人に見えると思うけど、でも心の中では「アホくさ」と思っている。
かっちりルールを守っているのはそれに理解があるからではなくて、自粛警察と呼ばれるような世間が怖いからである。
それから、私は平気でも、私と違ってウイルスに怯えている人に不安や不快感を与えたくないからである。
そしてここは民主主義の国なんだから、決まったことには従うべきと考えるからである。

人の心の中って、こうだと一つでは言えないものがあると思った。

過激な自粛警察の人は、開けている店に「クズ」とか「バカすぎ」と張り紙をしたり、他県の車のナンバープレートに傷をつけたり、
マスクをしないで走っている人に「アホランナー」と罵ったり、
ネットに吊るし上げて公開処刑をするそうである。
或いはもの言いは優しいけど
「不要不急の外出をする人たちのせいで終息時期が遅くなって迷惑をこうむることをわかってほしい」
「自粛と言われているのに、家族全員でスーパーに買い物に来ているのが信じられない」
と切々と訴える人もいる。
この人たちは純粋で真剣な正義感で言っているんだと思う。

こんなのは今更で、最近じゃなくても何十年もいっぱい見てきましたよ。

でもね、そういう人が何年かしたらそれを真向否定して
「騙された」「クズは自分だった」「謝りたい」「黒歴史」「言わされた、やらされた」と言いうのもいっぱい聞いた。
「当時から違和感満載でおかしいと思っていた」
というのも散々聞いた。
「世の中は変わるけど、でもこれに関しては一生正しいと思う。撤回することは万が一でもあり得ない」
と断言していたことを、でも見事にひっくり返すのを聞いた。

いずれにしても、今固く信じられている正義が、後になって何と言われるのかは興味があるところである。
コメント

時々妄想4

2020-05-19 | コロナ騒動
4月12日に「時々妄想3」という記事を書いた。
インフルエンザとコロナの患者数を比較したら即刻猛パッシングを受けて人格否定までされた。
が、どうやらそれは「コロナがインフルエンザと比較して、たいしたことがないと解ったら困る人がいるから」らしいと。
理由はわからないけどね。

結果、蓋を開けたら、新型コロナによる国内の死亡者は収束時で700人だった。 
インフルエンザと比べてたいしたことない「幸いにも」であった。

さてそうなったら
「コロナがインフルエンザと比較してたいしたことがないと解ったら困る人」はどうするだろうか?

全国の学校を休校にさせてでも、国内初の緊急事態宣言を出してでも、力尽くでも実力行使に出るのでは?
そして「たいしたことがなかったのは、この政策の賜物でしかありません。さもなくば恐ろしいことになっていたでしょう」と言い切るのでは?

ちなみに日本と同じ島国で人口6700万のイギリスでのコロナによる死者は、今朝のテレビニュースによると3万5千人と報道されていた。(イタリアを抜くダントツ)
当然、日本の自粛なんて甘いものじゃなくて、ゴリゴリのロックダウンを強いて、この結果である。

日本でたいしたことにならなかったのは、あくまで緊急事態宣言の賜物…?
その真偽はさておき、でもここまで恐怖を煽って大騒ぎしてヘトヘトになった結果
「コロナは国内ではインフルエンザと比べてたいしたことはない」なんて、もはや誰が思っているだろうか。
思惑は見事に成功したのであった。

いえいえ、あくまでいつもの妄想ですよ~( ̄∇ ̄)  


コメント (2)

最強2

2020-05-18 | コロナ騒動
夏の甲子園が中止にされたので、不機嫌の上塗りである。
あの灼熱の太陽より、球児の熱闘より、そのナンチャラウイルスが強いのか怖いのか、どうせ思いついたのはヘンテコな専門家とか政治家だろうけどね。
熱中症で人がバタバタ倒れてもウイルスはビクともしないんでしょうね。
「コロナ先生はお元気なんです!!」なんでしょうかね。

こうなったら、いくら数字を見せてもグラフを見せても「コロナは怖い」という感情にとりつかれた人には勝てない。
その人たちのヒステリーとその同調圧には勝てない。

東京都で調べた限りの抗体検査の陽性率が0.6%で、つまり少なくとも83000人がすでに感染して抗体を持っていたことがわかった。
ちなみに厚生労働省が発表している今日現在の感染者数は16305人。
安倍総理や小池都知事や黒岩県知事らは、一体この数字の何が怖くて、どんだけ減ったら満足で、幾つになったら緊急事態宣言を解除してもいいなあと思ってるのだろうか。

ま、こんなこといってもコロナは怖いの~~!!!!と思ってる人には敵わない。
その人たちのヒステリーとその同調圧には歯が立たない。
高校球児も灼熱の太陽も勝てない。
理屈や理論や事実なんて、それを受け入れない人の前ではゴミと同じである。
「思い込みと決めつけ」という最強の王者に勝った人を、私もここ数年見たことないもんね。
コメント (2)

心は自分のもの

2020-05-17 | 思うこと
毎度、ただの主婦でしかない私が思いつくことなんて、あくまで自分の生活圏の自分の目線でしかないことを了承頂きたく。

コロナ騒動にしたって世界情勢や政治を知ってるわけじゃないし、そんなことは何も解らない。
ただ目の前の元気な中学生が皆ピンピンしているのに、学校が閉鎖になった。
娘の学校どころか、県内のすべての学校で誰一人発症者なんていない。
一人も患者がいないのに病気を理由に学校閉鎖?!
一体なんでよ~?
ただそんな思いから書いている。

マインドコントロールというものに疑問を抱いたのも、目の前のどちらかというとおとなしい我が子でさえ、どう説得しても自分が納得しないことにはウンと言わない。
それなのに他人の意思なんてコントロールできるのだろうか?と思っただけだった。

これは今回のコロナ騒動でも改めて、人をコントロールするなんて無理と思った。

「こんなことはおかしい、絶対に嫌だ!!」と叫びたいくらいのことでも、有無を言わせないような権力があったら人の行動を強要することはできる。
学校に行きたくても強制的に学校を閉鎖して、自宅にいさせるとかね。
でも「これが正しいことなんです」と思わせることは別と思った。
「命を救うことなんです」とか「大切な人を守ることなんです」と言われても、「身勝手で幼稚」と言われても、そんな言葉も私には刺さらなかった。
だからといって私が命を軽んじていて、大切な人が死んでもいい身勝手な人間と言われたらそれも違うゾ。
そんな短絡的な二択で責めるのはズルイし、違うと思った。
もっとやり方があると思った。

S時代にも「しつこくして嫌がられたら所詮そういう人」とか「強いてでも言い切りなさい」とか同じように刺さらない言葉はあった。
私、しつこくするのもされるのも大嫌いだからね。
だからといって、私が反抗的で信仰心の薄い会員だったかというとそれも違った。
単純に「相手が嫌がっても、それで自分が得するんだから嬉しい」なんて感情は、教えられたところで自分になければ出ないもんね。

要は、自分の素地にないことは、いくらやかましく言われても他人がコントロールはできないと思うのである。

心は自分のもの。
自分をコントロールできるのは自分しかないと思うのである。

国家一同を上げて説得されても響かないものは響かないんだから、チンケな教団の説法くらいが人の心をコントロールするなんて私はないと思うけどね。

コメント

アンチの本質3

2020-05-17 | 思うこと
対話ブログで「Sは絶対的なもので、するかしないかの2択といったものではなく、数多ある考え方の1つでしかなくなっている」という書き込みがあり、これには同意した。
何よりS自体がとうに、そういう姿勢をとっている。
正確には「知らん顔していつの間にかそういう姿勢をとっている」というか。

組織や偉い人というのは一度出したものを引っ込めるということは嫌って、いつのまにか気づいたらなかったことになっているを好む。
あんなに断言して人の人生を振りまわした言動を、
誰が何を明確に訂正したわけじゃないけど、いつの間にかというか、誰ともしなにというか、時代がというか、変わっていったんだよねー。

コロナ騒動の言動だって、どうせこうなる。
いちいち真に受けてるとアホらしくなるわ。

ところで人の不幸を書くのが大好きなマスコミは、収束はよほど面白くないんでしょうねえ。
「2派が2派が」「油断は禁物」と頑張るんだなあ。
まさか本気で心配してるんじゃないけどね。
だって本当に心配ならば、免疫力の高め方とか重症化させないコツとか、もっとためになる情報はいくらでもあるのにそれは絶対に出さない。
「いかに相手が深刻で厄介なモンスターで、自分たちが非力で太刀打ちできないか」が書きたくてしょうがないんだから。
ホント、一部のアンチの構造とソックリ。

これからも自粛による不況とか、2派が来たとか、不幸話ときたら張り切ってをどんどん発信していくんでしょうねえ。さも正義ヅラして。


「Sは絶対的なもので、するかしないかの2択といったものではなく、数多ある考え方の1つでしかなくなっている」
私はこれは久しぶりに読んだ喜ばしいコメントだったんだけど、コロナ収束同様、アンチは嬉しくないのだろうか?
コメント (1)

正直ブロガーの日常9

2020-05-16 | コロナ騒動
5月16日(土)雨
「コロナはとてつもなく怖い教」「三密教」「自粛が絶対教」、呼び名は知らんけど、変な宗教に無理やり入信させられて数カ月がたった。
私の場合は残念ながら、どれだけ煽られても説法されてもバリ信にもユル信にもチョイ信にもなれなかった。
娘の学校と、夫が映画を撮ることを引き換えにされたのに、こんな要領の得ない説明にどう納得できようか。

それでも様々なノルマと打ち出しが来て、非活も脱会も許されない。
断ればいいなんて自由もないんだから。
迂闊に疑問も言わない方がいい。
ちょっと質問したら、人によっては人格否定や説教してくるからである。
もっと酷いのになると特高警察みたいのも出てくる。

専門家という偉い教祖様がこう言っておられるのだから、何も知らない無知な奴が我見などいうな。

しょうがないから言われた通り羊のような信者のふりをして、唯一自由なバーチャルの世界にいる。
ここにくれば納得できる答えがあってホッとはする。
言論の自由もある。
でも所詮バーチャルだから、自由になれるのは仮想空間の中だけどね。

現代の戦争ってこんなものだと知った。
まさか生きているうちに戦争を経験するとは思わなかったなあ…
せめてこの記録を残しておこう。
コメント

娘との会話20

2020-05-16 | 娘と夫の話
娘から「ねえ、私のいいところって何だと思う?親からの目線じゃなくて、優しいとかじゃなくて、普段接してる友達の目線で、こういう行動のこういうところがいいと思ったと具体的に言って」
とややこしいことを言われたので何かと思ったら、「自分のいいところ」を書く作文があるらしかった。
受験の面接のための練習のようである。

友達として見た行動を通した目線?うーん、難しいなあと思いつつ
「ならあれじゃない?人が喜ぶの見るのが好きなことじゃない。2リットルもある重い水筒を持って行って、友達のお茶が足りなくなったら分けてあげられるのが嬉しいと言ってたじゃん」
「うん!!大好き」
「消しゴム忘れた子のために貸すのも好きじゃない」
「うん、そのためにいつも二つ持ってる」
お正月に雑煮の写真を撮る宿題で、忘れた子のために写真をあげたいからもう一つ作ってと頼まれたこともあった。
慌ててお椀の色も具材も変えて作ったら、本当に嬉しそうだった。
こういう時は、私もかけねなく嬉しい。

何が正しいか間違っているが解らない時、私は娘のくったくのない笑顔を見るように、自分の心を見る。
心が軽かったらその方向に行って、鉛のような重たさがあったらそこを離れる。

これはブログを書く時、いつも問いかけていることである。
これがなくなったらいつでも止めるからね。
コメント

スゴイ確信

2020-05-15 | コロナ騒動
「緊急事態宣言」や「自粛」に疑問を投げかける人がいると、ものすごい反論コメントが入るのを面白く見ている。
1000人で一人を囲んで、ハンコを押させるまで帰さないような勢いというか。

国内の新型コロナが収束したのは、遅かったくらいの緊急事態宣言のお陰であり、
国民が一丸となってやった自粛の賜物であり、
やらなければ間違いなくパンデミックになってオーバーシュートして医療崩壊していた。
これに感謝できない人は社会性がなくて幼稚で話にならない。

延々と続く書き込みはほぼこれで、それらを読みながら思った。
率直に、ここまで躊躇なく断言できる大確信がスゴイわ。
もはや悟りの境地だ( ̄∇ ̄)

確信がもてるというのは、それ自体がトンデモ理論だろうと、何十年後かにもしかして真逆になろうと、その瞬間は幸せをもたらすんだよね。
過去に特定の宗教を信じたことのある私は、その心地よさを知っている。

そう、迷いや疑いこそが人を悩ませるのである。
残念ながら、上記の文章を信じ切れずに、少なくとも7個のツッコみと不信と胡散臭を感じる私はめちゃくちゃ不幸である。
自信満々に確信を語る人たちの「勝利の人生」に負けている。

どうかの迷える子羊に確信を与えたもう( ̄∇ ̄)
(布教するなら今だw)
コメント (2)

美容院にて2

2020-05-14 | 日記
美容院に行ったら、そこは別世界になっていた。

電話予約で「マスク着用してご来店ください」と言われたので、そのその通りにして行ったら、
マスクの上から更に口元まである透明なツバのある帽子を冠ったスタッフに「いらしゃいませ」と言われて、いきなりピッと頭に機械を当てられて体温を測定された。
まずもって手を消毒させられる。
そこまでしても客が勝手に荷物をロッカーに入れるのも許されない。
店員が、受け取ったバッグをポリ袋に入れて店側で管理するシステムになっていた。
雑誌を読むのもドリンクのサービスも中止である。

美容院というより病院に行った気分だけど、もう慣れた。
ここまでしないと納得しない需要が完全に出来上がっているんだと思う。

椅子に座ったらマスクの耳かけを外すように言われて、その代わりにテープで固定された。
このままカットもシャンプーもカラーリングもするためである。

10年以上私の髪を切っている美容師さんに、私は思う。
サバサバした人柄で私の愚痴も聞いてくれるアナタは、そんなことよりずっと凄い仕事をしておられる。
初めて髪を切ってもらった日から、私の髪の前髪や襟足の絶妙なバランスをとって、間違いなく私のモチベーションや免疫力を上げてくれている。

それでも2週間は店が閉まっていた。
この仕事を奪うことなかれ。
少なくとも今の政治家よりは、必要な仕事をしてくれていると個人的には思っているけどね。


口元まである透明なツバのある帽子「フェイスシールド」っていうやつでした
コメント

今日の出来事

2020-05-13 | 日記
久しぶりに酔っ払いながら一日音楽を聴いていた。
とりあえず気が済んだ。

それからプレミア公開で楽しみにしていたユーチューバーさんの動画を見たら、更に気分が上がった。

「ファン」って呼べる人がいるって幸せだなあと思った。
信者ではなくてファンですよ。
どこが違うって?
私「人の」信者になったことはないからね。

人間は神様ではない。知らないことも、間違うこともある。
これは私のファンの人の言葉。
コメント

閑話休題 はるかな旅へ  WHERELL WE GO FROM NOW     ゴダイゴ

2020-05-13 | 閑話休題
はるかな旅へ  WHERELL WE GO FROM NOW     ゴダイゴ

ダメだ。
ミッキー吉野じゃないけど涙が止まらない。
本当にあまりにも好きなバンドだったので、ちょっと他が手につかない。(叩くなら今だ)
これでタケとミッキーとスティーブとトミーが亡くなったらホントどうしよう。
バンドはとっくに解散してるんだけど、あまりにも好きすぎて、もう生きてくれさえすればよかった。
私、しばらく使い物にならないわ。

中二の時、生まれて初めて行ったコンサートが彼らだった。
他にも好きな音楽もバンドもいっぱいあるけど、ちょっと特別なんだよね。




コメント (3)

閑話休題 RETURN TO AFRICA

2020-05-12 | 閑話休題
RETURN TO AFRICA

浅野孝巳さん追悼😢
ゴダイゴ・ファイナルライブより

小学校から好きで、全員健在だったのに。



コメント