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第87回全国花火競技大会

2013年08月27日 | 地域
8月24日(土)「大曲の花火」を打ち上げ会場で鑑賞できることになった。川連から大曲は車では約50kの所だ。直線距離だと約40k位と離れた場所だ。田んぼに出るとこの花火は遠くに見えた。音も聞こえたように思う。かつては「大曲の花火」の日になると何人かは田んぼに出て遠くの花火を観ていた。15、6年ほど前からテレビで放映さえるようになって、「大曲の花火」の日はテレビの前が指定席になった。日本一の花火はテレビ放映で全国的に花火フアンが増え、4万人ほどの町へ全国から76万人が大曲に集まったと翌日の新聞は報道した。

今までは同じ秋田にいても、今はコメつくりだけになったが「コメと酪農」を営む我が家で「大曲の花火」は他人事で、近年のテレビ放映で身近に感じていたにすぎない。今回直接鑑賞の機会に恵まれたのは、友人のS君が仕事の上で紹介した「観覧席券」(入場券)が当日になって予定した人が来ることができなくなってしまった。「観覧席券」がもったいないから、「一緒に行かないか」のTELが入ったのは花火競技大会当日の昼ごろのことだった。
結果的にそんなことで、「大曲の花火」を生涯初めて目の前で観覧できることとなった。そしてプログラムと鑑賞券がいただいた。この観覧席は畳2畳分で6名まで21,000円というのだからなかなかの料金であるし、近年フアンが増えな抽選でも手に入れることも難しいくらいのものと云われている。


会場案内図 1ブロックから7ブロックまである


午後4時30分頃の観覧席2ブロック30614席から3ブロック30000番席方向

有料入場者は一体どのくらいだろう。推定で14、5万人か。会場の河川地には無料席もあるから20万人も超えるのだろうか、想像もつかない。いづれにせよ報道によれば76万人がこの会場の周囲に散らばっていることになる。ともかくごった返しだ。

「守・破・離」が今年のテーマと云う。1万8000発 午後5時半すぎ、全国で大曲だけという昼花火で幕を開けた。夕暮れの中色彩の鮮明さに工夫を凝らした色煙の花火が打ち上げられ、第87回全国花火競技大会が始まった。

午後7時頃からの夜花火では、全国から集まった27業者の花火師が「日本一」を競い、伝統的な尺玉(10号玉)や創造花火を次々と打ち上げた。対岸から次々に打ち上げられる花火。クレーンで釣り上げられている巨大スピーカーが4個。すさましい打ち上げ音と音楽。サジキ席はそのたびに響く。打ち上げられる花火と音楽の調和が絶妙。年々進化しているように思う。

「音と光が合ってるのはMIDI使って電気発火とシンクロさせてるからだと云われている。音楽をコンマ秒単位でデータ化して取り込み、打ち上げ筒から飛び出して上空で開花する時間などもデータ化し、曲のどの部分でどんな開花をさせるか計算してシンクロさせる。それらを元にPCからの信号で打ち上げているのだという」(引用)
素人には仕組みはよくわからない。ただただ光と音の調和に感動する。

競技花火、スポンサー提供花火、圧巻は大会提供花火だった。視界一杯に花火など想像すらできなかったことが現実だった。サジキ席に時々花火の炸裂時の残骸が落ちてくる。すべての素晴らしさは会場で体験してこそ、その神髄に触れることができるのかもしれない。つんざくような効果音と地響の打上げ音と花火の炸裂音。圧巻の大会提供花火は約6分間に、550mのワイドスターマイン約2600発。サジキ席からの視界はすべて花火で空などは見えない。大観衆の興奮は最高潮で拍手と歓声がすごかった。
圧巻の大会提供花火  写真 大曲商工会議所

あまりの大観衆に圧倒され、帰宅時の混雑を想定してまだ途中の花火大会会場からは離れた。終了予定まで30分はあるのだが、大会提供花火の終了とともに立ち上がる観衆もこれまた凄い数だ。混雑を想定してそのすべてが車にバスへと急ぐ。ごった返しの状態。時々後ろを振り返りさらに花火を見ながらそれぞれの駐車場まで歩いている。普段だと大曲と自宅までは車で1時間ほどだが、今回は2時間30分もかかって帰宅となった。大会終了時まで会場にいると数時間身動きが取れず、多くの人は帰宅が翌日、中には午前3時頃までかかるとの話だ。首都圏や東北各地から大型バスで来た人達、話してみたら帰りは12時出発だと云う。

大会プログラム(引用)

今回途中帰宅で終わったが一度、上記の写真の大会フィナーレを飾る10号玉30連発大スターマインで多くの人達と一緒になって、秋田県民歌「秀麗無比なる 鳥海山よ」を歌ってみたいものだ。

秀麗無比なる 鳥海山よ
狂瀾吼え立つ 男鹿半島よ
神秘の十和田は 田沢と共に
世界に名を得し 誇の湖水
山水皆これ 詩の国秋田

廻らす山山 霊気をこめて
斧の音響かぬ 千古の美林
地下なる鉱脈 無限の宝庫
見渡す広野は 渺茫霞み
黄金と実りて 豊けき秋田

だから第87回全国花火競技大会の大会フィナーレは、NHKテレビの再放送で観ることにした。今から秋田県民歌を心にかめしめながら待っている。

 


20年前の今日 (大冷害) 

2013年08月20日 | 足跡

各地でゲリラ豪雨が絶えない。秋田はこの夏2回目の豪雨。さいわい当地方では被害は今ところないが、秋田県内各地で遭遇したことない荒れようで被害が出ている。
春先から低温傾向で古来からの言い伝えで、「巳年のケガチ」「巳年に豊作なし」が心配されていた。田植以降長雨が続き、日照不足気味だったがこの頃の天候回復で例年並みの作とみられていたが、この豪雨にまた平年作に懸念が生まれてきた。長期の雨模様の中で平年と同じような時期に出穂を迎えたが、まだ安心はできない。昨夜強い雨で早くも一部に倒伏がみられる。出穂したばかりの稲が倒伏等は今までそんなに経験はない。稲が日照不足で軟弱、登熟が進むとさらに倒伏の危険がある。今日も秋田は大雨洪水注意報、大雨の心配は東北全体に広がっている。

今年の出穂は8月7日前後だったが、20年前は8月20日頃やっとの出穂だった。ハガキ通信「河鹿沢通信」で「夏のない夏」八月のうぐいす①~④を発行した。以下はそのハガキ通信で今回再掲載して振り返ってみる。

河鹿沢通信 19号 「夏のない夏 八月のうぐいす」①

河鹿沢通信 20号 「夏のない夏 八月のうぐいす」②


このシリーズ1993.8.20から「夏のない夏 八月のうぐいすを①~④を、1993.9.7から「夏のない秋 実れ・あきあこまち」①~④を出してその後の状況をルポし発行した。

夏のない夏「八月のうぐいす」③と④

今年の春先「あきたこまち」種まきの時の雪降り、その後の低温で発芽が大幅に遅れたが5月になって天候の回復で「あきたこまち」は順調な生育に見えた。その後田植以降毎日のように雨模様。各地で記録更新の酷暑の中、秋田は暑いと云ってもやっと30度前後の中で出穂。
出穂期にゲリラ豪雨がやってきた。「巳年に豊作なし」の言い伝えの中、平年作が確保できるのだろうか。実りの秋はスムーズに進みそうにない。そこで20年前の今日(8月20日)を振り返って見た。


鶴田知也氏とコナギ  

                                          2013年07月30日


旧盆の山野草

2013年08月15日 | 地域の山野草
7月はじめからの梅雨空が40日近く続いてやっと晴天になった。自宅の杉林へ散策に出かけた。例年だとツナギやアブに悩まされ散策をあきらめていたが、今年はツナギやアブはいつもより少ない。以下はすべて我家の山林の山野草の紹介だ。前のブログにも書いたが杉林の間伐、天然林の下柴等の手入れが行き届いたのか、今まで気づかなかった山野草が見られるようになった。

真っ先にミヤマウズラの場所へ行く。ミズナラの木の下に数ケ所に2、30本は見える。今年はいつもより花が出揃った。


ミヤマウズラ 湯沢市川連町 08.13 

ミヤマウズラ(深山鶉、学名:Goodyera schlechtendaliana)はラン科シュスラン属の常緑の多年草。日本の地生のラン。
茎は地を這い,節ごとに根を張る。葉は,長さ5cmほどの先のとがった卵形で,地面近くに互生する。濃緑色の地に白い網目状の斑が入り,この様子がウズラの羽の模様に似ていることが名前の由来となっている。20cmほどの花柄を出し、10個ほどの鳥が翼を広げたような形の薄いピンク色の小花が並んで咲く。花柄や花には細かい毛が密生する。

名前に深山がつくが集落近くの里山にも生えるという。この写真は自宅から直線距離でせいぜい500mしかない所に毎年生える。


ホトトギス 湯沢市川連町黒森 08.13 

ホトトギス(杜鵑草:ユリ科ホトトギス属)山野の林下や林縁、崖や傾斜地などの、日当たりの弱いところに自生する。葉は互生し、楕円形で長く、葉脈は縦方向で、表面には毛が生える。花期は初夏から秋にかけてで、雌雄同花で上向きに咲き花被片の斑点を、カッコウ科の鳥のホトトギスの胸斑になぞられた名とされる。

ホトトギスは2、3日早ければ花が盛りだった。杉の下で少し薄暗く小さめだが花が咲いていた。


ヌスビトハギ  湯沢市川連町外坪漆 08.13 

ミズナラとブナとの間には少し空間があって、時々太陽の光が差し込む場所に固まって生えている。まとまっての花はどこかに風情がある。この野草の正しい呼び名がヌスビトハギと云うのか、いささか自信はない。あまり名誉ある名には思えないがここではそう呼ばせてもらう。

ヌスビトハギ(盗人萩、学名: Desmodium podocarpum subsp. oxyphyllum)は、マメ科ヌスビトハギ属の多年草。ひっつき虫のひとつである。近似種が多い。
和名は、果実が泥棒の足跡に似ると言う。奇妙に聞こえるが、あの牧野富太郎氏によると、古来の泥棒は足音を立てないように、足裏の外側だけを地面に着けて歩いたとのことで、その時の足跡に似ているからという。余談だが今日のドロボウはもっと緻密かも知れない。振り込め詐欺やネットでパスワードをも失敬して我物のすると云うのだから、ヌスビトの範疇に変わりがないのだが、話ならないくらい高度だ。反面、ヌスビトハギと命名した時代はもしかしたら文化的で、パワーは今よりズット高度だったかもしれない。

それにしても名がヌスビトハギ、花期は7-9月、茎の先端の方から数個の細長い総状花序をつける。下方のものでは、それらの基部には茎につくよりやや小さい葉がつく。花は長さ3~4mmほどの小さな淡紅色の花を細長い総状花序につける。


ミズヒキ 湯沢市川連町黒森 08.13 

ミズヒキ(水引、Antenoron filiforme、シノニム:Polygonum filiforme、P. virginianum var. filiforme)とは、タデ科ミズヒキ属の草本。
日本には北海道から本州、四国、九州、南西諸島まで全国各地に、日本国外には中国、ヒマラヤに分布する。低地の日当たりのよい林床や林縁、路傍等に生育する。日本では普通に見られる種である。多年草で、高さ30~80cm。茎の節部は膨らむ。葉は互生、広楕円形で、長さ6~15cm、先端は尖る。花期は8~11月頃。花は総状花序で、茎頂や葉腋から長さ20~40cmになる花穂を出し、それに小花がまばらに咲く。小花の色は上半分は赤色、下半分は白色である。和名はこの紅白に見える花序が「水引」に似ていることに由来する。

写真の水引は今の所上半分の赤色が主で長さは50cmは超えている。少し早いのか花弁に白色はまだよく見えない。このミズヒキが盛りになると秋を意識する。花穂が長さがこれほど長くなると、一日中だまって観察してみたくなる。自分にとっては秋を代表する野草の入る。


ヤブカンゾウ 湯沢市川連町黒森 08.13 

ヤブカンゾウは、平地や丘陵地の斜面、田畑の土手、道端、川縁、林縁などいたる場所に自生しています。 このように村落や都市など人間の生活圏に限って出現する植物を、専門家は「人里植物」と呼びオオイヌノフグリ、ホトケノザ、セイヨウタンポポ、セイタカアワダチソウ等も「人里植物」と云うそうだ。

ヤブカンゾウは中国原産の多年生草本であり、栽培されていたものが野生化している。花は八重咲きで、3倍体なので結実しない。種子で増えることはないので、過去に栽培されたものが生き残った。匍匐茎を出して広がり、群落を形成する。若葉と花は食用になり、乾燥させて保存食にした。また、利尿剤として民間薬として利用されるそうだ。よく似た種にノカンゾウがある。ノカンゾウの花は一重であり、結実する。

写真のヤブカンゾウは、去る7月7日実施された麓集落事業で草刈りされた場所で、その後再生したものだ。だからまだ約一ケ月ほどで小ぶり、それでも花が咲いた。真夏を代表する野草だ。


キンミズヒキ 湯沢市川連町外坪漆 08.13 

キンミズヒキが咲きだした。いつもだとツナギの大群に合うので遠慮していた場所。その数は近くにあるミズヒキよりも多い。金色の花が何か優雅に見える。黄ではなく金ミズヒキの命名が抜群だ。その花をジット眺めると金色のビロードのように見える。名をつけた人に脱帽してしまう。

キンミズヒキは北海道から九州、樺太・朝鮮・中国・インドシナなどに分布する多年草。山道の側など、やや自然性の高い草地に生育する。葉は5~9個の小葉に分かれ葉の付け根には明瞭な托葉がある。夏に茎を立ち上げ、8月頃に黄色い花を咲かせる。花の直径は6~11mm。果実はの上縁には長さ3mm程度の棘がたくさんでき、これで動物等にひっついて散布される。あまりしつこい付着力はないが、これもひっつき虫の一つである。


キンミズヒキ、ヌスビトハギ、ミズヒキ 自宅居間 08.13

キンミズヒキ、ヌスビトハギ、ミズヒキの3種が我家の居間にさりげなく飾られたのがお盆の13日。墓参りの後一杯しながら眺めるこれら野の花はこの盛夏の主役達だ。ただ、名前からしてヌスビトハギが少々気になるが、まずはなかなかの花に免じて堂々と主役に加えたらうまく調和したようだ。

ヒメジョオンとTPP

2013年08月13日 | 地域の山野草

「おいらはヒメジョオン。嫌われものだ、路にも、野にも、お山にも、田舎都会の区別なく、どこにも生えるヒメジョオンさ。ザマーミヤガレ、イッヒィヒィヒ、、、、、。」
この文章「ヒメジョオンの独り言その一」を「続・草木によせて」天声社(2006)で見つけたとき、ヒメジョオンのこれまでの日本の国土に浸透した経過を振り返ると、将来TPPに突き進む日本の姿とダブッて見えたので「ヒメジョオンとTPP」を今回のテーマとした。これはいつもの独り言に過ぎない。

ヒメジョオン(姫女苑、学名: Erigeron annuus)は、キク科ムカシヨモギ属の植物。背の高さが50-100cmにもなる、白い花を咲かせる一年草である。同属のハルジオンと共に、道端でよく見かける。
若い時期は、根本から長い柄のついた丸みを帯びた葉(根出葉)を付ける。やがて、茎が高く伸びると、根本の葉は無くなり、茎から出る細長い葉だけになる。茎と葉は黄緑色で、まばらに毛が生える。、、、、1個体あたり47,000以上の種子を生産し、さらにその種子の寿命が35年と長いこともあり、驚異的な繁殖能力をもっている。したがって、駆除がとても難しい。
北アメリカ原産で、ヨーロッパ、アジア(日本を含む)に移入分布する。

日本には1865年頃に観葉植物として導入され、明治時代には雑草化していた。現在では全国に広がり、山間部にも入り込んでいる。在来種の植物の生育を邪魔する可能性があり、とくに自然豊かで希少な植物が多く生育する国立公園や亜高山帯では問題となっている。そのためヒメジョオンは、ハルジオンとともに要注意外来生物に指定されているほか、日本の侵略的外来種ワースト100にも選定されている。


鶴田知也「わが植物画帖 第一集」市民新聞社 (1972)引用

鶴田知也氏は「わが植物画帖 第一集」でヒメジョオンを紹介している。直筆のめずらしい本だ。

ひめじょおん 
東京の空地という空地は、ひめじょおんの天下である。濁った空気も何のその、適者生存の理を地でいく勢いが、せん細な花冠は、ほのかに紫色をおびていじらしい。「あたしみたいなものしか育たないひどい環境なのね」といってるようだ。


ヒメジョオン 湯沢市駒形町 08.10

8月、農道のヒメジョオン一度刈り払われて再度成長し花が咲いている。このまま経過し花が終わると種子には冠毛があるため、たんぽぽと同じように風による伝播が起こり、遠くまで種子が拡散される。1個体あたり47,000以上の種子を生産し、さらにその種子の寿命が35年というのだから、繁殖拡散は他の植物を圧倒する。どこにでも現れるヒメジョオン、鉄道草、貧乏草ともいわれるこの外来植物。貧乏草の仲間にヒメムカシヨモギ、ハルジオン、オオアレチノギク等の草もある。これらの草は一旦侵入されと絶えることがないくらい繁殖し、荒れ狂う。

「ザマーミヤガレ、イッヒィヒィヒ」を読んで、ヒメジョオンが日本の国土の隅々まで制覇したように、TPPに突き進むこの国が「ザマーミヤガレ、イッヒィヒィヒ」の世界へとのめりこんでいく様を連想してしまった。

突如表面化したTPP。前の政権が言い出し、作為的なスローガンで参院選を制止した政権は、多くの国民が懸念した方向につき進んでいる。
TPP交渉は、日本が米国の要求を丸呑みする形となり、完敗することは目に見えていると言われている。「完敗」と見るのは国民の立場からで、市場原理主義の安倍政権としては予想通りの展開かもしれない。政権維持には米国の支持が欠かせず、米国と一体化し日本市場を米国企業の草刈り場として差しだそうとしている。すでに日本郵政と米保険大手アメリカンファミリー生命保険(アフラック)は7月26日、がん保険事業の提携を強化すると発表した。これも一例で、あの国は郵政事業等への進出の前哨戦にしか過ぎないだろう。

ヒメジョオンが1865年ごろ鑑賞植物として日本に入り約140年、山も川も里もまたたく間に、この国の空き地をという空き地を制覇したように、TPPへの今日の動向はこの国の行く末を象徴しているような気がしてならない。消費税増税、憲法改正論議その先の姿は推して知るべし。

この政権は前の政権以上にとんでもない政権の名にふさわしい。政治不信は先の参院選のように低投票率で推移するのか、それとも糾弾行動への幕開けが近づいてきたと見るべきか、、、、、。