雷とからっ風 義理人情! 上州かあちゃんの毎日

赤城おろしの冷たいからっ風にも、日本一暑い夏の日にもめげず
頑張る上州かあちゃんの日記です

奥州街道! 最終回

2024-06-25 23:09:15 | 奥州街道
芦野宿
宿場の入り口に置かれた
お地蔵さん



遊行柳(ゆうきょうやなぎ)
国指定名勝
国道294号線沿の水田の中に見えます



平安時代、西行法師が奥州を旅する途中
使い古した柳の杖が根付き芽吹いたと言われている
 
松尾芭蕉が訪れ句を詠んでいる
「田一枚 植えて立ち去る 柳かな」
今でも田んぼの中に1本の柳が
目立っています
 


べこ石の碑
道徳を具体的に教えた物で
3,500、文字が刻まれている



板屋の一里塚
道の両側高台に塚を残している
江戸より43里目



旧道が残っているので
歩きます

 
興楽寺
戊辰戦争で戦死した羽黒藩士の墓がある



泉田の一里
西塚を残すのみ
江戸より44里目
下野の国(栃木県)最北端の一里塚



明治天皇御休憩所
山形・秋田・北海道巡行の際
休息をとられた所
 


宿場出口のお地蔵さん



下野国(栃木県)を抜け
陸奥国(福島県)に入りました



栃木、福島の県境にそれぞれ
境明神が立っている
 
栃木側は、玉津島神社
 


福島側は、住吉神社



白河の関跡の碑



堺の明神の前に立ち
右足福島県
左足栃木県
2県をまたいでます
 


白河の関跡
東山道沿いに設けられた古代の関所
 

 
古代関所については江戸期にはすでに忘れ去られ
どこにあったのかもわからなかったそうですが
 

 
1800年白河藩主だった松平定信が
白河神社関の森を「白河の関跡」と
断定したそうです



街道友と・・・
中山道・甲州街道・日光街道・奥州街道を
共に歩きました
とても綺麗で、お上品な方です
これまで、どんな生き方をして来たのか
どんなお仕事をされていた方なのか
どんなご家族をお持ちなのかよく知らない
 
歩くのが好きで、共通の話題は
街道歩きだけ・・・
 
私はここ奥州街道で北に向かうのは
今の所、考えてないが
この街道友は青森を目指す・・・と言っております
頑張れ・・・
 
またいつか、どこかで会えるような気がします




戊辰戦争白河の激戦地
会津藩士の墓
 
 
朝寝・朝酒・朝湯大好きで身上潰した小原庄助さんの墓
とっくりと盃の石碑がありました

 
白河宿脇本陣
本陣はなんもない

 
四辻道標レプリカ



阿武隈川にかかるこの
田町大橋の手前が白河宿の大木戸
あったところで、ここで白河宿が終わります
奥州街道のゴールです。



6年9カ月かかって
5街道完歩しました














 
 
 

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2 コメント

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Unknown (matsunorida)
2024-06-26 07:20:36
かあちゃん

五街道お疲れ様でした。
7年ちかくかけるなんてすごい❗
まさにライフワークみたいなものですね❗
次はどちらを歩かれるんでしょうか?
引き続き楽しみにしています😊
返信する
マツさん こんばん (かかあ天下)
2024-06-26 08:48:28
軽い気持ちで始めた
街道歩きですが
本当にライフワークになってしまいました
本年は少し登山を楽しみたいと
思います
返信する

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