六十数年も生きていると「死」という現実に幾度も出会う。
両親、友、仕事のお仲間・・・、
桜はなぜ「死」を連想させるのでしょう。
散る桜残る桜も散る桜
戦時中ではあるまいし、イヤ、現世は戦いの修業の場なのかもしれません。
未熟な私はだから生かされている・・・、
Yさんが亡くなられたことが今だ信じられない私、
でも、こうして文字にすることで、やっと少しづつ受け入れている。
病から解放されて、心穏やかな時間を楽しんでいられると信じている。
「今村さんの夢を見たの・・・」そうメールをくださった、
あれは、Yさん流のお別れだったのですね、
何も出来なくて、全く、無力でごめんなさい、
Yさんと出会えたことの意味を、仕事で探りながら、
答えを出します。
見ていてくださいね。