この半年間、夢中で人のために何かすることを学びました。
自分が人によく思われたい とか
自分はこんなにもやってるってアピールしたい とか
そんな自分本意をそぎ落としていく作業の連続でした。
いつも自分に問いかけながら…
「これは人に見せるためにやってないか?」
「やっている自分に酔っていないか?」
「人に いい嫁と思われたくてやってないか?」
初めの頃は日々自分に問いかけていました。
しばらくすると、
義母の病院に通うこと も
祖母の病院に通うこと も
義父のご飯を作って持って行くこと も
私の日常生活の一部に組み込まれました。
そうなると
あまり意識しなくても
「してやってる」感は
なくなっていました。
どれも私のやれる範囲で精一杯のことができました。
このことを学んだ半年間でした。
この三月から新たなステージに進みなさい
そういうことだろう…。
三月からは自分の不妊治療やなかなか行けなかった歯医者にも通って
自分のことをしっかりやりなさいってことなのかなぁ?
そう思ってました!
でも、私の学びのステージがワンランク UPしているなら、
誰かのための行動を学んだ後に自分のための行動って、
おかしいよな~。
視野が狭まって自分本意に逆戻りしてる…。
もしかして、
不妊治療も自分のためと思っているから
なかなか授からないのかな?
「自分が子どもが欲しいから」ではなく、
私たち夫婦の元に生まれたいと思ってくれている
魂のために、その魂を育てる役割が与えられるのなら、
精一杯 大切に育てる…
そのために治療していると考えるとなんだかしっくりいくんです。
今まで自分のエゴのために不妊治療に通っているという
罪悪感がどこかにあったのかもしれません…。
看護学校の仕事も 毎年ひと学年80名程ですが、
今年はふた学年、170名程の学生さんと出会います。
何のために生まれてきて、
何をどうすればいいのか?
幸せに生きられる考え方、道理を
共に考えて、伝える 役割が待っています。
家族や身内だけでない、
様々な人たちのために身を粉にして働くことを
しっかり学んでいきたいと思います。