二回目の秋篠寺。
…にもかかわらず、かなり迷って遠回りしてようやく辿り着きました(^^;)
相変わらず、緑の苔と木漏れ日が美しいお寺です。
今回の目的は、まさにこの日から開扉となる、秘仏大元帥明王へのお参りです。
本来ならば、1年に1回、毎年6月6日にしかお目にかかることのできない仏様です。
今年は平城京遷都1300年の恩恵で、秋にほぼ2週間開扉されるのでした。
初日なので、参拝者も多いかと思いましたが、それほどでもなく、係員が目立つ感じでした。
メインは最期に残しておく正確なので、まずは本堂にお参り。
写真左手が、伎芸天で有名な本堂。
ここのお庭も開けていて、こじんまりですが落ち着きます。
本堂に入ると、薬師如来をはじめとしてズラリと並んだ仏様たちに圧倒されてしまうのですが…。
秋篠寺は、平安遷都とほぼ同時期の創建なので、奈良時代は下りますが、歴史のあるお寺です。
当時は、大元帥御修法伝来以来、大元帥明王影現の地として、真言密教の道場として隆盛を極めたそうです。
…が、1135年の兵火によって大部分が消失し、鎌倉時代以降の修復により、現代に残っています。
なので、現存する仏様達は、鎌倉時代のもの、もしくは伎芸天のように、頭部のみ天平時代、身体は鎌倉時代のもの…といったものありますが、その修復技術の高さに目を見張ります。
伎芸天が美しいとされる所以である、やや首をかしげたような姿勢は、実はこの
鎌倉時代の修復によるものといわれるので、意図的なのかは分かりませんがすごいですね。
ひとしきり本堂でお参りを済ませた後は、いよいよ大元堂に入ります。
内陣まで足を踏み入れて、まさに間近で手を合わせることができるのです。
貴重な大元帥明王は、推定鎌倉時代のもの。
護摩の祈祷のせいか、もとは木彫極彩色ですが、やはり黒っぽくなって威厳を放っておられます。
身体に蛇をいくつも巻きつけた、憤怒像。
大変貴重なお参りをさせていただきました。
それにしても、秋篠寺はやっぱり奈良では好きなお寺です。
…にもかかわらず、かなり迷って遠回りしてようやく辿り着きました(^^;)
相変わらず、緑の苔と木漏れ日が美しいお寺です。
今回の目的は、まさにこの日から開扉となる、秘仏大元帥明王へのお参りです。
本来ならば、1年に1回、毎年6月6日にしかお目にかかることのできない仏様です。
今年は平城京遷都1300年の恩恵で、秋にほぼ2週間開扉されるのでした。
初日なので、参拝者も多いかと思いましたが、それほどでもなく、係員が目立つ感じでした。
メインは最期に残しておく正確なので、まずは本堂にお参り。
写真左手が、伎芸天で有名な本堂。
ここのお庭も開けていて、こじんまりですが落ち着きます。
本堂に入ると、薬師如来をはじめとしてズラリと並んだ仏様たちに圧倒されてしまうのですが…。
秋篠寺は、平安遷都とほぼ同時期の創建なので、奈良時代は下りますが、歴史のあるお寺です。
当時は、大元帥御修法伝来以来、大元帥明王影現の地として、真言密教の道場として隆盛を極めたそうです。
…が、1135年の兵火によって大部分が消失し、鎌倉時代以降の修復により、現代に残っています。
なので、現存する仏様達は、鎌倉時代のもの、もしくは伎芸天のように、頭部のみ天平時代、身体は鎌倉時代のもの…といったものありますが、その修復技術の高さに目を見張ります。
伎芸天が美しいとされる所以である、やや首をかしげたような姿勢は、実はこの
鎌倉時代の修復によるものといわれるので、意図的なのかは分かりませんがすごいですね。
ひとしきり本堂でお参りを済ませた後は、いよいよ大元堂に入ります。
内陣まで足を踏み入れて、まさに間近で手を合わせることができるのです。
貴重な大元帥明王は、推定鎌倉時代のもの。
護摩の祈祷のせいか、もとは木彫極彩色ですが、やはり黒っぽくなって威厳を放っておられます。
身体に蛇をいくつも巻きつけた、憤怒像。
大変貴重なお参りをさせていただきました。
それにしても、秋篠寺はやっぱり奈良では好きなお寺です。