飛鳥浄御原宮から遷都した藤原宮跡は、東西925メートル、南北907メートルのほぼ正方形の京で周囲は塀が巡らされていたが、708年から710年にかけて平城京へと10年足らずで遷都する。藤原京の下層からは縄文晩期の土器、弥生時代及び古墳時代の多くの遺構、遺物が発見されている。上層部の緊急調査で上層遺構の保存のため下層遺構まで調査ができない。いま藤原京には大極殿跡等の柱の目印的なものの他、建築物は何もない。このまま建物のない公園として保存しても良いのではないかと個人的に思う。画像は畝傍、葛城山を望む
(今日の歴史=1944年アメリカ軍がレイテ島に上陸する)
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