僕にはアマチュア無線の世界を教えてくれた近所の爺さんがいた。もう10年ぐらい前に死んだが僕は師と仰いでいる。管球からトランジスタ、IC,モジュール何でも来いの天才で福岡の放送局の技術系重役だった。しかし、仕事が嫌いで僕の船によく乗りに来た。
たまに何かに熱中しているかと思うと、スクランブル放送の解読に腐心していた。放送局に勤めた人がただで有料放送を見たらまずいでしょうと言うと、むにゃむにゃと言葉を濁した。じつは彼はエロ放送のスクランブルを解こうとしていた。それは犯罪ですよというと、わしが学問するのに犯罪とはけしからん。と、一向に相手にしない。
当時80歳だ。彼のスケベを讃えよ。
僕は、この爺さんがやることには否定的な言葉を投げつつ、実は、僕もそれほど困難な話ではないと思っていた。アナログ時代だ。水平同期を一定の時間間隔で右に左にずらしてスクランブルだと称していたが、たいして込み入った乱数を発生させていたのではない。
それより困難だったのは音声だ。エロ映画には欠かせない音声だ。
爺さんはそれができぬまま死んだ。遺言で貴重な研究材料をいただいた。小屋がそれで一つつぶれたが放送局というのはなんとぜいたくな材料を使うのかと思った。アマチュアでは決して入手できないものばかりだった。このジャンクであと200年ぐらい遊べるな。
電動金魚、無線クルーザー・・・
とにかく工作好きの爺さんだった。その爺さんがなぜ暗号解読(スクランブル解除)にこだわったか。戦前、日本無線という会社は日産と結託して戦争遂行をはかる国策会社だった。現在、イーパブ、魚探、レーダーなどに日本無線(JRC)は他の追随を許さない。そのJRCの顧問だった爺さんは悔やみきれないことがあった。
彼は満州にいたが、本国のJRCに何度も警告した。しかし、この暗号は絶対解けないと威張りくさる軍人や外務省。一介の会社分際でなにをぬかすかという態度だ。たしかに陸軍暗号は解けなかった。それを持って日本の暗号の優秀さを主張するバカがいる。解読する価値もなかったのだ。ドイツの優れたエニグマ暗号機ですら解読されてノルマンディー上陸を早めてしまう。そのエニグマのへたくそコピーの日本の暗号機が米軍の手にかかると、なんと自動翻訳タイプ機を完成させてしまうほどなめられてしまう。
アメリカの数学のすごさを知る爺さんは日本の暗号機(パープル)がいかにおもちゃにすぎないか知っていた。耳を貸す政府も軍人もいなかった。
2012.5.12 追記
だれもが不可能だというスクランブル解読が、ある電波少年の執念によって可能になった。爺さんは全く不可能なことに挑戦していたわけではなかった。爺さん、あの世で存分にエロ番組見てください。