パンターの初陣は、1943年7月5日から始まったツィタデレ作戦である。
この作戦は、前年のスターリングラード戦から押され続けていた戦局を盛り返し、再び戦いの主導権を握ろうとしてドイツ側が計画した、1943年度の夏季攻勢の出発であったが、パンターはまだ生産が始まったばかりで数も揃わず、また各部のトラブルが続いて実用性が確立されていなかったため、思うような活躍が出来ず、その後のパンターは実用性を高めるための改修と、戦訓による改修の両方を行うことになった。
このため、パンターの本格的な戦力化は1943年秋となったが、その後の東部戦線をはじめ、北フランス、オランダ、ドイツ国内の戦闘では主力戦車として連合軍を悩ませる事になったのである(略)
チェルカッシィ、ドニエプル河をめぐる戦闘やバルジの戦闘であげた戦果は、ドイツ軍にパンターが無ければ達成できたかどうか疑わしい。
戦局が不利になった大戦後半に出現しただけに、その活躍は地味で過小評価されているきらいがあるが、パンター固有の戦力は予想以上のものがあり、1コ大隊のパンターがよく数コ師団の敵の進撃を阻み、くずれかけた戦線を支えた1年半の成果は、よく検討すれば、パンターの驚異的な力が明らかになる。
パンターこそ、「第二次世界大戦最高の戦車」という、戦後連合軍から与えられた評価は、現在にいたるも変わっていない。
(ピクトリアル・パンター戦車より抜粋)
ご存じの通り、クルスク戦でのパンターD型は打倒T-34として開発を急いだため故障が続出、本来の能力を発揮出来ず、この作例のように、ヨレヨレのベテラン仕様にはならなかったと思います。まるで戦争末期のようだ(笑)。
実はブログ更新を急いだため、完全な完成にはなっておりません。時間を見て継ぎ足し・修正をもう少し加えます。それはともかく、今回テスト的にスカート部のみ、エイジング(?)処理を施しています。アクリルの塗膜へアクリルの溶剤を塗り、引っ掻いてみました。完全に乾燥したアクリルの塗膜は思いのほか強く、エナメルの溶剤で溶かすのは困難でした。予想外の新しい発見です。今後の作品に生かせそうです。
スカパーで以前、「戦車TOP10」という番組があり、実物のパンターA型とパンターの元乗員が出ていたのですが、その元乗員のおじいさんがパンターに乗り、西部戦線で初めてM4を見た際、「一目見て楽勝だと思った」そうです(笑)。「でも数で負けた」とも言っておりました。・・・素晴らしきかな、孤高のドイツAFV。
PS:ブログ村のランキングを拝見すると、結構な数で自らの事を「おやじ」と称する方が多いのに驚かされます。まぁ、自虐的にそう言っているんだと思いますが、私自身も30代後半になりますが、自分で自分を「おやじ」なんて言うようになるのはハッキリ言ってゴメンです。
何かねぇ・・・認めたくないじゃないですか。「おやじ」である事を公言し始まったら、本当に「オヤジ化」してしまうスピードが加速してしまいそうで。