きの書評

備忘録~いつか読んだ本(読書メーターに書ききれなかったもの)~

北野天満宮~梅、橘、桜、藁~ 2021 2月中旬

2021-06-22 17:42:57 | 旅行

 アメリカへ帰るオッサンがもう梅が咲いていると言っていたので、
休日にひとりで散歩がてら歩いて見に行ってみる。
頭の中の京都の道がだんだんできあがってきたので、もう地図なんかいらない。
ここを曲がると、あの黒い町屋が続く通りだと思われるところを曲がって、
歩いて行くと、真ん中辺に前から狙っていたうどん屋「ふた葉」があった。


まずは腹ごしらえだ。


(きの)「ガラリ」入ってみる。壁にお品書きのある由緒正しき「うどん屋」だ。
出かけた先ではぶらりとうどん屋に入り、七味のかかったもつ煮などを食べたい。
決してワンプレートランチなどという妙ちきりんな木の板に乗った異国の食べ物など口にしない。
メニューは、どれどれ。こないだあんかけで大変な目に遭ったから、そうでないものを選ぼう。
しかし、メニューをよく読んでいくと、たぬきうどんがなんか違う。
天カスがない上に、魔のとろみがかかっている気がする。


??


え?関西って違うの?


 これは、どうしたものか。では、ソバ屋のカレーうどんというものは、
カレーとは言っているがカレーをそのままかけて出してくるわけではなく、だし汁にカレーを溶くようなものだからサラサラしているはずだ。
普通のうどんは危ない気がして、カレーうどんを頼む。


 奥の方を見ると、厨房の調理台がレンガでできている。
あれが京都の古い台所「おくどさん」というやつか。
あれで昔から今までやってきたということか。リフォームもせず、すごいね。
なんだかコップの水が消毒液のような匂いがするが、それもご愛嬌だ。
天井にお経のような文字がずらっと書いてある。そういう壁紙かな。


 しばらくして出てきたウドンは(きの)「あぁ(倒)!」カレーのあんかけだった。
食品サンプルかと思うような固定された麺に、熱々の透き通ったカレーがみたらし団子のように乗り、もう誰も動かせない。
慎重に1本ずつ引きずり出して食べる。
食べている最中に、ふと見るとトレーの上の箸袋の絵が


(きの)「ぬらりひょん?ごふっ」


 頭が1mぐらい伸びた老人が提灯を下げて、ソバ屋の屋台の横から帰ろうとしている。
彼は頬かむりをしているが、頭がそんなに長いと全然隠せていない。
仙人だろうか。提灯や屋台には「ふた葉」の文字。
客?それとも店のマスコットキャラクター?

 


 七味がかけたかったのでうどん屋に入ったんだった。
ちょっとかけてみる。もう舌もマヒしてよくわからない。
中に甘いキツネが切って入っていたと思う。おいしかったが熱い上に辛いので早々に店を出る。
京都のうどんは、あんのかけすぎではないのか。

 


 天満宮に行くと確かに咲いていた。白とピンクと紅のような種類がある。
(きの)「ふんふんふんふん」匂いを嗅いでまわると、
ピンクの八重のようなやつが何か匂いがする気がする。
花屋のような匂い。花屋に梅酒が置いてあるような。


 梅園の入場料が千円て。高い気がする。
そんなに梅をじっくり見たいわけでもないから入らなかったが、
ここの天満宮の気前の良い所は、梅園に入った人だけが梅を見れるのではなくて、
そこらへんにもちらほら咲いているので、ちょこっと見たい人はそちらをどうぞということなのだろう。
さらりと見て回る。


 手水の水が溜まっているところに、ユリやダリアなどの花がいっぱい浮かべてあった。
花手水(はなちょうず?)とかなんとかいう名前の、そういう技法だかなんだかよく知らないが、
正月もどこかの神社がそうなっていた。
あれは綺麗なのだろうけど、大きな首だけの花がいっぱい浮いていて何だろうという気がする。
みなさん盛んに写真を撮っていた。
澄んだ水が見えないし、ごちゃごちゃして華やかを通り越しているように思える。
和風の椿などが少し浮いていたら、風情があって良いだろうに。


 菅原道真の母親の社に来た時に、古い石の鳥居に寄りかかるようにして小さい柑橘の実がなっていた。
金柑にしてはずいぶん背の高い木だなと思って近づいて行ったら橘だった。
鳥居の裏に回り、鎌倉時代の作だという薄れた台座の蓮模様などを見ていると、地面に実が1個落ちていた。
しかも半分腐っている。
これは拾得物だろうか、ゴミ拾いだろうかと考えながら、人生で初めて手に取った橘の実に感動して、ありがたく頂戴した。

 もらって帰るだけでは申し訳ないので、天神様だからこの時期梅干しでも売ってるだろうから、それでも買って帰ろうと思い、売店に行ったら
(袋)「必勝!たっぷり1kg」そんなにいらないんですけど。
大宰府では小パックを売っていたぞ。(出店)「名物・長五郎餅。甘い!」うぅ。
(お守り)「長い枝にヒョウタンがついて中に玄米がいっぱい入っています」
それを振り回しながら帰るのか?


 悩んで、しばらく外の駐車場のベンチに座って人々の往来や遠くに見える梅園の全景を見ていた。
日曜だし、やけに混んでいる。
どんどん車が入ってきて兵庫や名古屋からも来ている。
そうか受験シーズンだから、みんな願いに来ているのか。
また神社に戻る気も失せて、そこら辺のゴミ拾いをして帰った。
 
 駐車場でエネルギッシュに車の誘導をしていた若い作務衣の坊主が、
ゴミを拾っている場にちょうど出くわし、「ちっ最近の観光客は散らかしやがって」
みたいな目で一瞥していったが、こっちにはこっちの事情があるんだ。

 

 


平野神社


 北野天満宮の湿った北側の出口から出て川を越え、
歩いているとまた神社がやってきて入ってしまった。
平野神社という聞いたこともない神社だが、入ってみたら全体が白砂の感じで明るかった。
右側に枯れ沢の庭があって、夏みかんが植わっていて、隅に宮司さんちで飼ってるメダカの鉢があったので、しばらくしゃがみ込んで見ていた。
後ろのドラム缶で木を燃やしてて温かい。
向こうに手水があって、ずいぶんだだっ広くて、自由奔放で楽しいところだ。


奥に行くと、パネルがあって、台風被害の様子が写真入りで説明してあった。
数年前の台風21号で築400年ぐらいの拝殿が倒壊。
柱が全部折れてヒノキの屋根が地面に被さっている。
(看板)「貴族が植えた古い桜が何本も根こそぎ倒れ・・・」
何ということだ。さっそく桜基金の箱に寄付。
あの台風は、京都の古い建物や背の高い木に甚大な被害を及ぼした。


 さらに奥の方に、大きな楠だろうと思うが、ご神木があった。
ものすごく大きい。もしかして、この神社は相当古いのではないか。
この神社も奥の本殿らしき建物は出雲型だ。
その手前に右近の橘と左近の桜があって、橘の樹形が傘のように均一で、
今まで見た中で一番きれいな枝ぶりだった。
実も少し大きい。
四角い囲いの中を覗くと、根元がかなり土から出ていた。
あんなに出ててもいいものなのか。
あと、街なかだからか、柑橘の天敵カミキリムシに気をつけているようにはとても見えない。
さっきあった夏ミカンも、自然な姿で生えている。


 10月桜と書いた細い木には、2月だというのに花が咲いていた。
10月に咲いて、また咲くのだとか。どうなっているのだろう。
確かに珍しい種類がそろっている。
ここには、魁(さきがけ)というしだれ桜があって、それが咲くと京都のお花見の目安となり、
それから後に人々が続々と見にやってくるそうだ。


 平野神社の駐車場から出て歩いていると、大きな生協があった。
入ってみると、「花良治(けらじ)喜界島の島みかん」と書いた柑橘が売っていたので迷わず買い、隣のしまむらに入る。
京都ではめずらしい。関東にはいっぱいあった。
入って感動して一周まわって出てくる。


 そのまま住宅街を歩いていると道の角に「わら天神参道」と書いた石碑があった。
わら天神て、よくバスに乗っているとそこに行きたい人はここで降りろとかアナウンスで言っている、あの神社なのかな。
 通りの向こうにある鳥居がそうなのか。
しかし、ここから信号もないあんな大通りを突っ切ったら危ない。
昔は通じていたんだろうな。車を通して道をふさぐとは、近代ならではの問題だ。
そうだ!歩道橋を付けたらどうだろう。
今度は逆に現代の技術でしかできない天の道だ。
とりあえず、行ってみよう。大回りして横断歩道を渡り、細い坂を上がってみる。
そのまた上の方に本殿がある。

 


わら天神


 わらって何だろう。(笑)みたいなものか。
登って行ってみると、頂上の奥に出雲型のバッテンの屋根が見えた。
先が平べったいので、ここには女神様がいるんだなと思いながらベンチに座り、
誰もいないのをいいことに、さっき買った花良治ミカンを剥いて食べてみる。
何とも得体の知れない香りがした。


 座ってくつろいでいると、白い袴を穿いた老神職が足を引きずりながらやってきて、
順繰りに巡って摂社の細長い賽銭箱をのぞき込んでは、長い棒で念入りにつついてまわっている。


新しい儀式だろうか。


 そういう衣装の賽銭ドロだったらと思い、後ろからニヤニヤ笑って見ていたら、
気配を察してそそくさと社務所へ帰って行った。
たぶん入り口で詰まっていた小銭を落としてまわっていたか、
奥の方をザクザクやって確かめていたから、
だいぶたまったら開けて回収しようとしていたのではないかと思われるが、
その所作からは深い思慮など感じられず、いやしくも神に声が届く人のようには見えなかった。


 前に、歩いていてふらりと迷い込んだ千本釈迦堂では、夕暮れの本堂の前にたたずんで建物のひさしの1300年前の造作などを眺めていたら、
私服の老人がやってきて机の上に置いてあったロウソクと線香を数本やおら手に取り、
立ち去ろうとしてハッと気付いたらしく、弁解するように
(ジイ)「いやぁこれはゴニョゴニョ」などと唱えながら敷地内にある小さな建物に入っていった。
別に何も言ってませんけど?
社務所で使うロウソクが足りなかったんだろうけど、みなさん堂々としていればいいのに。
ミカンも食べたので、頂上の裏口から出る。

 


 後で知ったが、祭神は木花之佐久夜毘売(このはな-さくや-ひめ)だそうだ。
そして安産の神社らしい。稲藁で占うんだとか。だからワラ天神なのか。
それと北山の神々も祭っていたそうだ。
北山の神々って何?ずいぶんアバウトな。
その神々とさくや姫はどう関係があるんだろう。北山の神の母なら玉依姫ではないのか。
そして、天神と言うからには、菅原の道真と関係があるのか。
それとも、本来の意味での「天の神様」なのか。
それにしても、この花咲くや姫も桜の化身と言われている。
平野神社は桜の神社だった。梅を見ていたはずが、橘をもらって、桜の道に入ってしまった。


 そのまま奥の頂上出口から出て、歩いて行くと金閣寺に出たが、
有名すぎて逆にあまり興味がわかないので通り過ぎてどんどん歩く。
正式名称は lock-on みたいな名前だが、いつも覚えれられない。
中国茶の店があった。お盆の大文字の2つある内、左側の「大」の字が山肌に大きく見える。
着火台まで見えている。
いつかこの川を渡れたらいいなと思いながら、天神川の左に沿って歩く。
しかし、あにはからんや、どこまで行っても川は渡れず、渓谷は深くなるばかり。
はるか遠くの向こう岸には、仏教大学らしき建物が見えているが、
ここの住民は川を渡ろうという気がないのか、一向に橋などは見えてこない。


 いったいここはどこなんだ。と思いながらだらだらと続く住宅街を歩くこと数十分。
公園に着いた。ちらりと見ると、坂の上の方には
「しょうざんリゾートこちら」というような看板があり、車が入る道に柵があった。
いつか地図で見たことある。それはかなり街はずれの施設だ。
このままどんどん離れて行っても、街中に戻れる保証はない。
引き返した方が良さそうだ。金閣寺まで戻り、疲労困憊で家に着く。
疲れた。やはり人間は迷うと疲労するらしい。
スマホに付いてる万歩計には2万歩と表示されていた。
よく歩いた。そんなに歩いたのは比叡山に登った時ぐらいだ。


そういえば、最初は梅を見に行ったんだっけ。


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