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朝起きると、ベッドの傍らにけばけばしい厚化粧の『女』が  ~工藤美代子著『炎情』から~

2020年03月19日 | ★女装の本・雑誌
工藤美代子著『炎情』からです。





 朝起きると、ベッドの傍らにけばけばしい厚化粧の『女』が

 憲子さんが閉経をしたのと、会社で役員になったのとは、ほぼ同じ時期だった。今、考えると、この頃から徹さんに徴かな変化が表れていたと憲子さんは回想する。

「いってみれば、妻の勘みたいなものね。どこがどうというのではないけれど、ちょっと変なの。食事中にぼんやりしていて、会話が途切れたり、一週間に一度くらい帰りが極端に遅くなって、ちょっと今までと達っていたのよ。携帯をのぞいて妙にそわそわする素振りのときもあったわね」
 ただ、徹さんに女ができたとは思わなかった。彼がいかに家族を愛してくれているかは、日常の言葉の端々からも感じ取っていた。

 事件が起きたのは三年前のクリスマスの夜だった。まだ亜美ちゃんが小さい頃は一家揃ってクリスマスを祝った。ケーキにキャンドル、そしてプレゼントと、どこの家庭にも見られる光景が繰り広げられたが、亜美ちゃんが大学に入ってからは、もう友達と一緒にクリスマスを過ごすようになり、一家にとっても特別な日ではなくなった。

 憲子さんも、その日は大学時代の女友達と銀座で食事をして、夜の十時頃に自宅に戻った。
 徹さんは同僚だちと飲み会に行くといっていたので、さっさと一人で風呂に入り、化粧を落としてべッドに横になった。亜美ちゃんは、友達とスキー旅行に出掛けていた。

 徹さんが何時に帰って来たのか、憲子さんは知らなかった。ぐっすり寝込んでいたのである。

 そして翌朝、いつものように七時頃に目が覚めた憲子さんは、ふとダブルベッドの上で、自分の横に寝ているはずの夫を見やった。
 そして、思わず息をのんだ。傍らにいるのは、スパンコールのついた真紅のロングドレスを着て、厚化粧をした一人の男だった。金髪の鬘がずれて半分は髪の毛が見えていた。
 猛烈な鼾をかきながら、その男は眠りこけていた。

「すごく汚らしい物体が自分の夫だってわかるのに、十分くらいかかったんじゃない。だって、初めは何か何だか全然、見当もつかなかったんですもの」
 憲子さんは、そのときの衝撃を語る。

 夫の徹さんは、厚くファンデーションを塗り、くっきりと口紅を引き、マスカラを塗った睫毛を閉じて、グワォー、グワォーとすごい音の軒を響かせている。ドレスの裾がまくれあがり、ストッキングをはいた足が大の字になって放り出されていた。
「あの人は身長が一七八センチもあって、男としても大きいほうだ゜たから、もうまるで、巨大な女が転がっているように見えたわ。私は気持
ちが悪くて胸がきゅっと締め付けられるような発作に襲われたの」

 はっとして玄関に行ってみると、これまで見たこともないような大きさの、赤いエナメルのハイヒールが、横倒しになって散らばっていた。
 今でも、その朝を思い出すのは不快だと憲子さんはいう。あの光景を頭に思い浮かべただけで吐き気がするそうだ。

 とにかく、主人を揺すって目を覚まさせようとしたのだけど、なかなか起きなくてね。よっぽど深酒をしたんでしょう。ちょっとやそっと揺すったくらいじゃ、まったく気がつかないの。
 頭にきて最後は思い切り、頬にびんたを喰らわせてやったら、ようやく目を覚ましたのね。それから、びっくりしたようにキョロキョロ周りを見回して、私の顔を見たときは、もう凍りついていたわ。自分がどういう状況にいるか、ようやくわかったんじやない?」

 そう、徹さんは女装して酔っ払い、そのまま帰宅して眠りこけてしまったのである。彼に女装癖があることを、この朝まで憲子さんはまったく知らなかった。
 その後の修羅場については、憲子さんは語りたくないと口をつぐんだ。しかし、夫を問い詰めて、判明したいくつかの事実をおしえてくれた。 (続く)
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