オストメイトで山賊と海賊・・・銀座のコテコテ周旋屋のよもやま話

去年は100の山を愛し、今年は108の山に恋をする。
夏は太平洋の大波で泳ぎ続け、日本の自然を愛して66年。

夏の海で溺れるなんて、勿体ない

2019-08-13 09:26:34 | 銀座の周旋屋

 

 夏になると、海や川で溺れて死んでるものがいる。

 大昔からのことで、冬になれば雪山で遭難してるのもおなじだ。

 誰かと海に泳ぎに行くとき、爺ぃの俺はまず一人で海に入り、慣れた海でも沖までゆったりと泳ぎ出る。

 近海の天気図はあらかじめ普通に頭に入ってるし、満潮・干潮、そんなこともあらかじめ頭に入ってるのは、当たり前のことだ。

 あとは現場で雲の形や風の向き、潮の色を見て判断する。

 そうして水しぶきを上げながら浜に上がったら、だいたいの流れと危険な場所について話して置く。

 海底の状況を見れば引き潮の強さも解るから、ときどき潜って裸眼で確認しておく。

 俺はガキの頃から、海でもゴーグルなんざいらない身体になってる。

 山でも無駄な装備が必要ない。

 こういう当たり前のことを、爺婆や大人たちが子供や若者たちに伝えてやらないから、死人が出てる。

 そんだけのことだが、それが一番大事なことだ。

 ところが現代の爺婆や大人たちは、それが出来ないみみずくの群れ。

 何十年もの間、ナニをやって生きて居ったのか? 不思議な大人社会だ。

 馬鹿な奴らが多くなると、規制やルール作りが厳しくなり、楽しく遊べなくなる。

 オツムの足りない連中のせいで、迷惑なことよ。

 宇宙の、地球の、大自然の、人間の想像をはるかに超える恐ろしさすら、知らないまんまに生きて居る。

 

 ・・・ということで、台風のきている太平洋でも、泳いでいる。

 気象庁の言う2~3mくらいの波であれば問題ないが、それもアテにはならない。

 クロールや平泳ぎしかできない連中には無理だ。

 抵抗が多すぎるし、まわりが見えなくなってしまう。

 細い錐のように強い波に穴を開ける、そんな横泳ぎが一番に進む。

 あとは波に乗ってぐわんぐわんと揺れながら、怪しい雲を眺めている。

 海では一匹の魚になったような気分になってる。

 山ではのしのし歩く熊になってるのと、おなじだ。

 176せんち、74キロ、一年中、山や海で遊んでるから、身体は丈夫なまんまだ。

 60年、俺はこうやって日本で生きて来た。

 とうの昔に、人間の社会での争いには飽いてしまってる。

 

 情報を弄ぶものは、いずれその情報に息の根を止められる。

 メディアに持ち上げられて神輿に乗って喜々と踊り狂うものは、じきにそのメディアに息の根を止められる。

 人間の歴史がその繰り返しでしかないのに、いまだに情報を操作し、ねつ造し、偏向・洗脳、そればっかだ。

 進歩とは? なにのことを進歩というのか? 大勢の、善良なる市民の群れは、ただ退化しかしてはいない。

 情報とは、それが絶対で多くの支持者がいるもの? 何気なく聞いている歌の歌詞が、洗脳に使われている。

 普通で良い、平穏で良い、波風立てないで良い、それこそが他の人間にとっての大きな障害となってることを、みな知らずにのほほんと生きて居る。

 日常に使ってる自分の言葉、その意味、同じ言葉を使う他人と、その意味は同じ訳がない、それで会話が成り立ってること自体、俺には不思議な光景だ。

 

 さ、今日も仕事だ。

 カギの受け渡しや、エアコンの交換や、いろいろと仕事を入れてある。

 阿呆みたいな渋滞のなかで、無駄な時間を費やすのは、ごめんだな。