日本では、大メディアを使った個人へのいっせい攻撃を、人格破壊を、平気で許す国家になっておったが、去年からはそれが個人ではなくって国民へと、コロナを利用して対象を変え延々と、ズルズルと陰湿なまでに、続けている。
おかしいくらいに、言うがまんまのマゾ国家。
ことの真偽も確かめずに、それを猿真似よろしく鵜呑みにして、右往左往させられてる大勢の国民がいる。
・・・どっちもどっち、勝手にやってろよ
サラリーマンや公務員の皆様は、もっと怒って、もっと立ち上がって行かなきゃ~、従順な奴隷で終わってしまう。
不思議なほどおとなしい、単細胞猿の群れを眺めて、自営の俺は大笑い。
政治家を選んでるのはアナタ方、総理を選んでるのもアナタ方、ということになっておる。
経団連や経済企業の会に加盟してる大企業のサラリーマンは、黙って知らないフリで生きるしかない。
恫喝され、恐怖を与えられ、優しく慰められ、撫でられて、素直に座り込んでる日本人だらけだ。
あんたらが、大メディア群に今まで煽動されて、一緒になって猿の突撃攻撃をしていた習慣が、気が付けば自分の尻に向かって銃を向けているようなお笑い惨状、阿呆な日本人の日常が、よ~く見えることだろう。
俺は1年前から、銀座の子供たちにはそう笑って教えてやってる。
・・・こういうときには大人の中身の無い本性がよく解るから、しっかり見ておけよ!
この1年、大人たちの反応と日常生活を、よ~~く、見て来ている。
今後の付き合い方も、大きく変わってくるだろう。
国際医療福祉大学病院の感染症の担当部長は、1年前くらいからテレビに引っ張りダコだが、去年も何度かここに入院しておった老人の見舞いに出掛けて行ってるが、いつ行っても人がほとんど居らず・・・経営は大丈夫??・・・という閑散とした、薄気味悪い、不思議な新しい大病院だった。
動いてない、稼働してない、そんな内情で馬鹿広い駐車場もぺんぺん草が生えて、止まってる車も数えるほど。
コロナの報道を政府の側から代弁する役割では、相当に利用されている病院だが、日常の診療についてはまともな経営が出来て無いんじゃ~ないかと逆に心配になったもんだった。
だいだい、コロナの感染症専門家として、大メディアに登場してる医者や病院や教授や専門家という連中は、チョイと話を聞けばゼニカネに困ってた奴らを重用して来てる・・・これは銀座ではずっと普通に話されてる笑い話だ。
コロナで経営難になって、ますます政府の言うがまんまになってる大企業も多い。
田舎の無知な連中は、コロリと信じて、その仰々しい肩書だけで神のお言葉くらいに聴いておるんだろう。
・・・あの病院は、経営は大丈夫なの?・・・そんな組織がコロナ騒動では、スター・英雄に変身してしまった。
オモシロイ世の中社会だよ。
チンケな日本。
アメリカでは、給料の安い、重労働で危険の伴う仕事には、なかなか人が集まらなくなってしまってる。
政府による給付金が大盤振る舞いで、それ以下の稼ぎなんて誰も見向きもしなくなってるという、笑い話だ。
働くよりも、困ってると叫び、両手を拡げておれば政府が助けてくれる、それでそこそこ暮らして行けるような状態では、働く気も失せてしまうだろう。
そうなることは最初から解ってた話で、共産国中国と侮辱しておったアメリカが、その中国よりも社会主義化してしまっておって、これも最初から解ってる退屈な笑い話に過ぎない。
所詮は無責任なサラリーマン・公務員なんて、別に仕事への愛着なんてたいしてある筈もない。
求人募集の広告には、それなりの夢や口実を織り込んで、素敵な仕事に見せてるだけのこと。
これは日本の飲食店なんかも同じようなのがアチコチに居る。
働くよりも休業して支援金や助成金・給付金を貰っている方が楽だし、儲かる。
嘘だと解っていても、政府の策に乗って、困った顔して貰うものを最大限に貰った方が得。
年金生活者や生活保護者も、ナニもせずに生きてるだけという意味では、俺から見ればみな同じ穴のムジナだ。
政府をアテにして生きてる国民、アテにしてもナニも良いことの無い国民、その双方の喧嘩や摩擦はこれから増えて行くのも、社会崩壊のひとつの景色。
頼りにしている国家自体が、崩壊したら? 紙幣の価値を変えたら? その双方とも、破綻するしかなくなる。
親からもらってる小遣いの多い少ないで争う兄弟、爺婆の遺産で揉める姉妹、お金欲しさに売春し、仕事欲しさに奴隷になる、こういう猿芝居ばかりを延々とやってる人間社会には、俺はガキの時分から興味が無い。
阿呆臭い。
酒好き、薬に走る奴、筋肉マンに成金に、見栄や虚勢を張る男、これらはみなオスとしては弱者だと思ってる。
そういう弱いオスの付き合うメスは浮気性で、腹黒いメスと相場は決まっているから、じきにオスには三行半。
一人の女、一人の子供すら惹きつけられないオスに限って、一芸馬鹿、金と名声で繋ぎ止めようと必死になる。
だいたいがそんなオスの相手のメスは、従順なそぶりの陰では他のオスに抱かれているケースも多い。
40年も、地べたで浮世の風に吹かれて生きて来ると、見飽きた、そんなことも当たり前の光景だ。
昔は世界的な大企業のトップの女房やらに、しつこく迫られたことのある俺が言うのだから、そんなのは常識よ。
有名・著名人の、そんな哀れな恋話に痴話も、銀座では普通に知っている。
疑えばキリが無く、求めれば躱されて、怒ってみても泣かれるだけ、なんども同じことを繰り返す。
それを愛だとか恋だとか、詩にまで詠んで未練花。
自分を壊し、自分を変え、自分を際限なく生きる、それすらしない受け身の鞘。
お可哀相にね~。
梅雨がやってくる。
誰でも知ってることだが、知ってるだけで、ナニも対応することもない。
山登りは、その間隙を縫って、自分で描く天気図を頼りに、その季節でも続ける。
その前に、せっせとここんとこ、毎週まいしゅう気合を入れて山に行ってるのは、梅雨が来るからだ。
日本人には、日本人の山遊びが海遊びがある。