オストメイトで山賊と海賊・・・銀座のコテコテ周旋屋のよもやま話

去年は100の山を愛し、今年は108の山に恋をする。
夏は太平洋の大波で泳ぎ続け、日本の自然を愛して66年。

後悔のない生を生き続けるとは?

2018-08-28 10:49:28 | 身体障害者




 半世紀まえ、俺がガキの頃、こういう風にルールを守って良い子にしてたら、模範解答のような解答をいつもしていたら、優秀な大学に入れるよ! という社会に鼻くそほじりながら、阿呆臭い! そう想っていた。
 こういう風な生き方をすれば、お金儲けも出来るし、組織の中でこういう風にすれば、良い生活も出来るよ! という社会を見れば、なんて退屈でつまらない生き方なんだろうかと、せせら笑っておった。
 そんな連中がゼニカネを手にしたところで五十歩百歩、買ったり持ったりするものの値段が高くなるだけのことで、なんら日常の生活は下らない猿真似コピーのまんまだ、惨めなことよ、そう想って居った。
 師がいて、先生がいて、先輩がいて、常に見ていて欲しい、理解して欲しい大人社会には、愛想が尽きて居った。
 だからもう、山や海で遊び呆けておった。
 夕暮れ時、赤く染まる山々を見て、赤く染まる海を見て、なんでもっと遊びたいのに夜になるんだ・・・だった。
 そんな調子で懲りることなく我が道を歩いて来たら、銀座の街の片隅の1階で、周旋屋を30年近く続けることになってるが、じきに山小屋でもやるか、灯台守にでもなるか・・・今でもそんな自由な日々を送って居る。

 子供もあちこちに作り、みな俺の手で育て、それぞれがそれぞれにいつも目いっぱい、生きて居る。
 男は永遠の旅人で、女は豊かな源泉を持つ旅籠。
 子が出来れば親族の数は増え、付き合いも増え、気に掛ける人たちも増え、それがまた生きることだと想えば、厄介でもなんでもない、愉しみのひとつになってくる。
 旅の途中に息絶えることを成仏と言い、それまではずっと故郷の大地を歩き、故郷の海で泳ぎ、出会う人々にいつも関わり合って、日々とてつもなく忙しく過ごす。
 人が眠って居る間も、心臓は動き続けている。
 休息や癒しなど、死んでからのことだと、ずっと信じて生きて居る。
 こういう生き方でも、障害を障害と思わず、生き切ることだけを目処に笑っておれば、それで充分なんだよ。
 いつも充分に生きた、後悔などサラサラない、そういう心地良い想いだけが腹のうちにはある。

 ところで、この時期の登山では、オストメイトの腹のパウチがいかに舶来で優れたものであっても、ドレッシング・テープで補強しておいた方が無難だろう。
 岩場登りも含めた激しく身体を動かす登山では、想像以上の体温の上昇と大汗が全身から吹き出す夏山は、途中で補強なんて余裕はなく、最初からキチンと準備して登り始めなければ、メンドクサイことが起きる。
 俺の場合は、その上から凸型ヘルニアベルトのワザと小さめの奴で腹筋を締め上げてる。
 太る前に使ってたやつだが、その方が幅が細くて暑さが軽減する。
 パウチを押さえるのと、腹筋の負担を軽減できる。
 オストメイトは腹筋を鍛えてはいけないとは初歩的なアドバイスだが、俺には無理な相談だった。
 その為にいろんなことを自分独自に考えて試して来た結果だ。
 ガス抜きは時々、ザックを背負って立ったまんまサッと済ませるが、その強烈な臭いは周囲の獣たちを卒倒させるに十分な、オナラ10回分以上のモノ。
 人間よりも獣たちに会うことの方が多い俺の登山では、これで大型野生動物には効果テキメンだ。
 野生の大型動物の体臭は、離れておっても風下に居ればその強烈な臭いで解るが、山を登ってる時の俺のガス抜きのそれは、そんな臭いをはるかに超えている。
 ・・・どうだ、とっとと退散したほうがエエんとちゃうか!! やる気なら、あとで謝ることは許さんぞ!!
 俺は後悔のない生を生きて居る。
 後悔ばかりしてるような奴らとは、無意味な戦いはしない、街でも、山や海でも、そんな感じだ。


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