アカヤシオだね、花ひらき始めてる。
身体障害者となって半年後、2000mの山に戻った時、俺を山頂で迎えてくれた花だった。
忘れもしない。
日本人を語る時、いつも面白おかしく語られるのは、群れで・組織で・集団で・グループで、動く民族だと・・・。
これは結果としては当たっているけんども、要は一対一、個人対個人の付き合いが出来ない、下手、苦手・・・そういう原因にある。
遊びを見てればよく解る。
俺がまだ10歳にもならなかった頃、小学校6年間で6回も転校した中の3~4回目の頃か、大人社会や学校教育を多様な視点で見る癖がついてしまってた頃、自分は一対一、個人対個人で生きて行こうと想ったもんだった。
その後、決して普通の日本人の生き方にならなかった元は、そんなとこにある。
激しいハリケーンの中で船を操る人生に、憧れていた。
そうして常識や良識や道徳や倫理なんて嘘臭い呪文には興味を持たず、とんでもない今を抱えて笑ってる。
永遠に孤立無援でありがたやありがたや、そんなことを若い頃から笑って言い放っておった。
あちこちに子供を作り育て、常に四面楚歌のような状況でもコツコツ自営を続け、いまでは敵ばかりだった多くの身内ですら、俺との会話を楽しみにしてくれている。
日本の、人間社会の、法則や過去の事例や、ルールや取り決めや、常識や良識という価値観では計れない、そんな男だったと気が付いてもらってるようで、これはこれで俺にはとても嬉しいことではある。
一朝一夕にできるものでもない。
30年も40年も、ナニを言われても逃げずに生きて見せるしか、理解を得る方法などなかった。
だから他人を見る時も、それだけを見ている。
子供らには、すぐに結果は求めない・・・人生かけて帳尻合わせりゃ~エエがな・・・信じている、そういうことだ。
ナニを言ったか? ナニを身に付け、ナニを持ってるか? ではなくって、いま、ナニをしてその存在を自己主張してるのか?
おかげで、身体はボロボロだ。
ただ、満足だし、後悔はなにもなく、いつも清々しい。
人間の男の人生って~のは、5~60年が関の山、激しく生き続けてくると、それ以上は身体が持たない。
それで良いんだと想うよ。
オストメイトになって腹筋から腸を出した状態で生きてるわけだけんども、この3年とちょっと、皮膚の傷みや消化不良やのトラブルはいつも普通に起きたりしてる。
いちいちWOCに行かずとも、自分で細かな手当や食生活の改善やら、安静ではなくて身体を動かしたりで対応することが多いけんども、これはオストメイトでも健常者と変わらない日々を送っているという自覚からだ。
手術して病の元凶を取り除き、そこからオストメイトになって生き始めて、それでも医者ばかりを頼りにしていてはダメだろうし、薬などにはなるだけ頼らずに自分の力で生きるべき、そう考えている。
季節の変わり目でも、関係なしに動き回ってると、風邪のような症状には罹ってしまうこともある。
周旋屋の仕事いがいでも、いろんな関わり合いで相談事を聞いては動き回ってる。
ここんとこ、銀座で黄砂と公害物質の影響も受け、あんまり調子が良くなくて、風邪ももらって昨夜も動けなくなりそうな嫌な予感があったから、座ったまんまの姿勢でコタツで眠っていた。
タクシーを呼んで救急で行かなければいけないか? そんな思いもあった。
そろそろ酷使し続けてる60年で、身体が限界になってるんだろうし、ズタぼろになり果ててるのは解ってる。
熱っぽくて節々が痛くなって、消化不良を起こしてるような、そんな感じが続いておって、それが酷くなったような感じだった。
腸が破裂して腹膜炎を起こすときの感じに似ていた。
死に損なって、身体障害者となり、社会に復帰した・・・これは俺がいつも広言してるセリフだ。
・・・こんなメンドウな身体になってまでして生き延びる意味はあるのか?
退院して5か月間、治らない酷い傷の治療といろんな後遺症状にやられて、右向きでしか眠れず、毎日激痛の中で行うめんどくさい傷の手当とパウチの交換、クタクタになって・・・もう終わって良い・・・毎晩そう想っていた。
そうは言っても、悪く劣化してた部位は取り除いてあったから、簡単に終わりにすることも叶わない。
治らない酷い傷は生き地獄そのものだったが、だからと自分で命を絶つ訳にはいかない。
それから今まで休むこともなく、店に出ては仕事を続けている。
扶養家族も多く、喰わせていかなければいけない者らも多い。
生きるうえでの相談もあちこちから、多いまんまだ。
こいつらの為には生きて居なければいけないし、生きて稼いでいなければいけない。
ひとよりもはるかに多い親族の多くは、高齢化してきてるから、その医療への助言もしている。
あちこちで入退院を繰り返している。
まさしく、死ぬに死ねない状況になってる。
これを笑わずにしてどうする?
恰好ばかりの現世の欲得や見栄や自意識に翻弄されてる人たちのことは、だからよく見える。
・・・お前らは、てめ~ひとりのことも満足にできないのか?
偉そうなことばかり抜かしておっても、ナニを怖れてるの?
いつ死んで終わりにしても良い、そういう心持ちで生きてるオヤジには、怖いモノすらナニも無い。
どれだけの内容の濃い人生を生きておっても、死んだらみな無になって、サヨウナラだ。
ただのモノになって終わるだけ。
メンドウ見ている連中には悪いが、どのみち勝手気ままな俺の生涯、そう思ってくれて結構毛だらけ。
せっかく生まれて来たのに、もっと愉しんで生きなくてどうする?
濃厚で、濃密で、そんな生を生きる、ガキの頃にはすでに考えておったことだな。
捨て果てて、身はなきものと想えども、花のふる日は、浮かれこそすれ・・・この想いも、甘ったれ。
とうとうさ、西行法師も、松尾芭蕉も、越えてしまったかのような想いにもなる。
そんなのは、まだまだヒヨッコの感傷、戯言よ。
今週末も、天気と体調が良ければ、ノロノロ山にさ、行ってくるべよ。