ビスクドール・雛人形店・オーディオ販売 佐久市 ヤナギダ店長ブログ

ビスクドール64体他お節句雛人形をフランスへ輸出128年、軽井沢方面がお店の場所。

―わたしのお墓―

2023年01月16日 14時49分59秒 | owarai
家を出て、わたしの借りた部屋は
ビルディングの二階にあった。ビ
ルの一階には五軒の店舗が入って
いた。十階か十五階か、そこらの
高さがあって、屋上に、えんじ色
の屋根のようなものが付いていた。

その屋根は、上りの新幹線の窓か
ら遥か彼方に、ほんの一瞬だけ、
はっきり目にすることができた。

その部屋に住んでいるときも、
住まなくなってからも、わたし
は上りの新幹線に乗ると必ず、
列車の窓に顔をくっつけて、
その屋根を見つけようとした。

うまく見つけられたときには、
訳もなく嬉しかった。三角形
をしたえんじ色の屋根。

優しい人と過ごした場所。
それは、わたしのお墓だった。

ビルの近くを、川が流れていた。
「あの川を渡ると、なんだかすごく
ほっとする」
優しい人は部屋に着くなりそう
言うと、いつも両腕にありったけ
の力を籠めて、わたしの躰を
抱きしめてくれた。

そのころのわたしは、ほとんど
その瞬間のためだけに、生きて
いたようなものだった。

両岸をコンクリートのブロックで
がちがちに固められ、流れている
のかいないのか、わからないよう
な、淀んだ灰色の川。

どこから流れてきて、どこまで
流れてゆくのか。それに関心を
抱く人など、ひとりもいなかった
に違いない。

川面にはチリや芥が浮いている
だけで、生命の気配すらない。

まるで世界から見捨てられた
ような川だったけれど、優しい
人が口癖のように「ほっとする」
と言うせいで、わたしもいつしか
その川を渡るときには、不思議な
安堵感で、心が満たされるように
なっていた。

―わたしのお墓―

2023年01月16日 11時57分03秒 | owarai
家を出て、わたしの借りた部屋は
ビルディングの二階にあった。ビ
ルの一階には五軒の店舗が入って
いた。十階か十五階か、そこらの
高さがあって、屋上に、えんじ色
の屋根のようなものが付いていた。

その屋根は、上りの新幹線の窓か
ら遥か彼方に、ほんの一瞬だけ、
はっきり目にすることができた。

その部屋に住んでいるときも、
住まなくなってからも、わたし
は上りの新幹線に乗ると必ず、
列車の窓に顔をくっつけて、
その屋根を見つけようとした。

うまく見つけられたときには、
訳もなく嬉しかった。三角形
をしたえんじ色の屋根。

優しい人と過ごした場所。
それは、わたしのお墓だった。

ビルの近くを、川が流れていた。
「あの川を渡ると、なんだかすごく
ほっとする」
優しい人は部屋に着くなりそう
言うと、いつも両腕にありったけ
の力を籠めて、わたしの躰を
抱きしめてくれた。

そのころのわたしは、ほとんど
その瞬間のためだけに、生きて
いたようなものだった。

両岸をコンクリートのブロックで
がちがちに固められ、流れている
のかいないのか、わからないよう
な、淀んだ灰色の川。

どこから流れてきて、どこまで
流れてゆくのか。それに関心を
抱く人など、ひとりもいなかった
に違いない。

川面にはチリや芥が浮いている
だけで、生命の気配すらない。

まるで世界から見捨てられた
ような川だったけれど、優しい
人が口癖のように「ほっとする」
と言うせいで、わたしもいつしか
その川を渡るときには、不思議な
安堵感で、心が満たされるように
なっていた。

ドアをしめ一人の一歩を踏み出せば危うい色の夕焼けに会う

2023年01月16日 11時55分26秒 | owarai
落ちてきた雨を見上げて
そのままの形でふいに、唇が欲し

はらはらとこぼれ落ちてくるのは
あの年の記憶だけだ。

今はもう、痛みは感じない。そこ
にはひと粒の涙も、ひとかけらの
悲しみ宿っていない。あのひとの
記憶は愛よりも優しく、水よりも
透明な結晶となって、わたしの心
の海に沈んでいる。

この十二年のあいだに、わたしは
いくつかの恋をした。

ただ、どんなに深い幸せを感じ、
それに酔い痴れている時でも、
わたしの躰の中に一ヶ所だけ、
ぴたりと扉の閉じられた、小
部屋のような領域があった。

扉を無理矢理こじあけると、
そこには光も酸素もなく、
植物も動物も死に絶えた、
凍てついた土地がだけが
広がっている。

だからうっかりドアをあけた
人たちは、酸素と息苦しさに
身を縮め、わたしから去って
いく。離婚の本当の原因は、
もしかしたらわたしの方に
あったのかもしれない。

こんな言い方が許されるな
らば、わたしは誰かに躰を
赦(ゆる)しても、心を救
したことはなかった。

YouTube
Sarah Vaughan ft The Bob James Trio - The Shadow Of Your Smile (Live from Sweden) 1967

https://www.youtube.com/watch?v=Qcr99JAPuU8

何億光年

2023年01月16日 11時52分23秒 | owarai
生まれた時から持っている、誰
からも愛されるよい面を、生まれ
た時にはすべての人がひとりの
例外もなく持っている、

澄みきった、愛(うつく)しい
心を、損なうことになっても、

失うことになっても、それを承
知で、麻里子みたいな聡明な
女の子が、不毛な恋に踏み込ん
でいくのは、なぜ。

そんなわたしの想いを知ってか、
知らずか、しんみりとした口調
になって、麻里子は言った、
「不思議なの。桃李さんと、会
ってない時の方が、彼のこと、
身近に感じるの。

一緒にいる時の方がうんと淋し
いの。すぐにそばにいる時、た
とえば抱き合っている時なんか
にね、

ああ、この人はあたしから、
何億光年も離れたところにい
るのかもしれない、なんて思
ってしまう。だからすごく淋
しいの。変でしょう?」

どう答えたらのかわからなく
て、わたしは静かに、自分の
お酒を飲み干した。

その時、ピアニストがゆっくり
と、ジャズのバラードを弾き始め
た。

わたしは胸の中で、諳んじてい
る英語の歌詞をなぞっていた。
ひとつの物語を語り終えるよう
に、ピアニストがその曲を弾き
終えた時、

「このままでいることなんて、
あたしにはできない」と麻里子
は言い、そのあとに、呟くよ
うに言ったのだった。
「あたし、もう、だめにな
っちいそう」