ビスクドール・雛人形店・オーディオ販売 佐久市 ヤナギダ店長ブログ

ビスクドール64体他お節句雛人形をフランスへ輸出128年、軽井沢方面がお店の場所。

「色で異性にアピール」

2023年01月21日 12時05分15秒 | owarai
「モテカラー」は、ピンクと
パープルの2色

彼とのデートや新コロナ

終息後の合コンの場面
では、ピンクやパープルの
洋服を着ることをオススメ。

ピンクはやさしく穏やかな
印象を、パープルは最も高貴
な色といわれ、

エレガントで大人っぽい印象
を相手に与えることができる
のです。

なかには「似合わないから」と
これらの色を敬遠する方もい
らっしゃいますが、濃淡や服の

デザインによって色のイメージ
は大きく変わります。食わず
嫌いをせず、さまざまなバリエ
ーションの洋服を試してください。

顔まわりの小物から試してみる
のもよいでしょう。

また、洋服やバックでも真っ先
に完売することが多い黒は、
何にでもコーディネートしやす
く、おしゃれに見える便利な色
ですが、

「自分を見せたくない」という
気もちを表す色でもあります。

異性にアピールしたい場では、
差し色程度にとどめておいた
ほうがよいでしょう。



幸福になる人

2023年01月21日 12時03分24秒 | owarai
人間は誰でも幸福になれる。

そのためには人を押しのけたり、
足を引っ張ったりして、
自分だけ幸福になろうとしても

決して幸福になれない。

よくできたもので、
「最もよく人を幸福にする人が、
もっともよく幸福になる」

新コロナ・ウイルスが去る

春を待ちこがれながら
そう思うんですよ。

―月曜日を待ち焦がれてー

2023年01月21日 12時01分59秒 | owarai
一週間のうち三日間、わたしたち
はその部屋で生活を共にした。
当時わたしが忌み嫌っていた言葉
でたとえるなら、まるで「夫婦」
のように。

わたしは引っ越してしばらくして
から学習塾の事務員を辞め、自宅
でできる添削の仕事を始めた。
週に二回だけ一、二時間程度、添
削し終えた答案用紙を持参し、仕
事の評定を受け、次の仕事をもら
うため会社に出向いていけば良か
った。

月曜日と火曜日。優しい人はわたし
の部屋から出かけていき、わたしの
部屋に帰ってきた。50ccのバイ
クで、駅からまっすぐに。灰色の川
を渡って。

水曜日の朝、優しい人はわたしの
の部屋を出ていくと、その夜は
戻ってこなかった。
優しい人はわたしの知らない場所
で一晩泊まって、木曜日の朝に
再びわたしの部屋に戻ってきた。

木曜と金曜日。優しい人はわたし
の部屋から仕事に出かけていき、
わたしの部屋に帰ってきた。け
れども金曜の夜、わたしの部屋で
二時間足らずの時間を過ごしたあ
と、知らない場所に去っていった。

そして優しい人は二日間、わたし
の部屋に戻ってこなかった。
わたしはいつも、いつも月曜日を
待ち焦がれていた。

火曜の朝から夕方までは、格別に
楽しった。優しい人は夕方から
始まる塾の授業に合わせて、わた
しの部屋を出ていけば良かった。
わたしたちは番(つがい)の小鳥
たちのように、躰を寄せ合って
過ごした。

優しい人がわたしのそばにいると
きには、何もかもがうまくいく、
という希望を抱くことができた。

すぐに消えてしまう、儚い希望
だったけれど、それゆえに、それ
は美しい希望だった。

わたしはこれからも、優しい人
のこれからも、何もかもがきっと、
うまくいく。わたしはいつか、
晴れて、一緒になれる。必ずそう
いう日がくる。そう思うことが
できた、月曜日。


子どもがふたりとも大きくなっ
たら。
成長して、すべての事情をきち
んと理解できる年齢になったら・
ちゃんと説明して理解してもらう
つもりでいるから。
そのとき、下の子はまだ一歳半か
ら二歳か、そこらだった。だとす
ればわたしが待つのは、十数年間
ということになる。
「大丈夫よ。ずっと待ってるから」
と、わたしは言った。「必ず待てる。
約束する」。

待てると信じていた日々は、確かに
あった。そう信じる以外に、わたし
のできることはなかった日々でも
あった。

わたしたちはきっと、いつか、
一緒になれる。
こんなに好きで、
こんなに気が合って、
こんなに求め合っているのだし、
こんなに・・・・


『文章は書くものではない 読んでもらうものである』

2023年01月21日 11時56分32秒 | owarai
【施しを集めた詩人の一言】
詩人アンドレ・ブルトンが
物乞いにある言葉を贈った話。

―私は目が見えませんー
と書いてありました。彼の
目の前に施しのアルミのお椀
が置いてあるのですが、

通行人はみんな素通り、お椀
にコインはいつもほとんど入
っていません。

ある日、ブルトンはその下げ
札の言葉を変えてみたらどう
か、と話かけました。

物乞いは「旦那のご随意に」。
ブルドンは新しい言葉を書き
ました。

これからというもの、お椀に
コインの雨が降りそそぎ、
通行人たちの同情の言葉を
かけていくようになりました。

物乞いにもコインの音や優し
い声が聞こえます。

数日後、物乞いは「旦那、、な
んと書いてくださったのです
か」。

下げ札にはこう書いてあった
そうです。

“春はまもなくやってきます。
でも、私はそれを見ることが
できません“

誰が見てもうらぶれた物乞い
です。黒メガネをかけている
のだから盲人であることも
分かります。

「私は目が見えません」は
言葉の意味をなしていない
のです。

アンドレ・ブルトンの言葉
のほうには、訴えるものが
あり、憐れみを乞う力が
あり行動力を促す力、

もっとえげつなく言えば
集金能力がありました。

目的はそれだったのです。

読んでもらって、施しの
気持ちを起こさせ、施し
をいただくこと。

目的を果たしてこそ、
言葉です。