ビスクドール・雛人形店・オーディオ販売 佐久市 ヤナギダ店長ブログ

ビスクドール64体他お節句雛人形をフランスへ輸出128年、軽井沢方面がお店の場所。

たった今全部すてても言いけれどあたしぼっちの女でも好き?

2023年01月23日 12時56分43秒 | owarai
あなたは私の何に惹かれたの?
私の持っている外見、声、
肉体、服装のセンス、お金、
車、教養、性格、家庭環境
・・・・。
私はあなたのためなら、どんな
ものでも捨てる覚悟がある。

でも、何もかも捨てた私そのもの
を、あなたは愛してくれる?



せつなさとい淋しさの違い問うきみに口づけをせりこれはせつなさ

2023年01月23日 12時53分27秒 | owarai
「幸せになるには必ずなに
かがなくてはいけなくて、
それがあるから幸せなのだ。

つまり外界に依存した感情な
のだ。喜びにはそんなものは
いらない。目に見える理由が
ひとつなくてもわたしたちを
つつみ、

まるで太陽みたいに、自分自身
の核を燃やしながら燃やつづ
ける」

幸せと喜びの違い。幸せには
「〇〇だから」というような、

ある程度客観的な理由というの
は存在し、他人もそういうもの
さしで人の幸せを見ている。

が、喜びというのは、人それぞれ
で、何をもって喜びとするか、
どういうときに喜びを感じるか、
に客観的な理由というのは存在
しない。
幸せよりも喜びを大切に―――。



「みそめる」見初める

2023年01月23日 12時15分35秒 | owarai
*「みそめる」見初める
一目見て恋心が芽生える。
初めて見る。初めて会う。

“街角で
偶然見かけたあの女(ヒト)と
もう一度めぐり逢うには
どんなきっかけがいるのだろう
どんな運命が必要なのだろう“

『たまさかに 我が見し人を
如何(いか)ならむ

縁(よし)をもちてか
また一目見む』
柿本人麻呂(万葉集より)

◇行きずりの女性に一目惚れて
しまった。
恋に不器用な人たちは、
千二百年以上たった今も

奇跡を信じ、あの日と同じ時刻
の電車の、同じ車両、同じドア
を選ぶ。

◇たまさかに→たまたまに
◇縁→手段・いきさつ


中身の張った酒樽は“音”をたてない

2023年01月23日 12時14分06秒 | owarai
人の欲は、ヒラヤマを黄金と化すと
も、なお一人の欲望を満たすことは
できないという。

パナマ文書の課税逃れが全世界の
主要な要人たちであることからも
判る。

商いを心懸る人で、金銀を望まない
人はいない。立場には限りがあるが、
欲には限りがない。

この頃の商人は気が短く、大まかに
年月を積みながら金を儲ける気持ち
がなく、小利には目をかさず大儲け

に目を配って大欲なために、かえっ
て大きな損をすることが多い。

利をもって利と思うな、義をもって
利とせよ。

NHK「真田丸」上杉景勝と信繁の
繋がりからも伺える。

真に富める人は、邪な心がなく、心
にオゴリを起こさず、柔和で人と争
わず、足るを知り天命を楽しむ人を
言うものだ。

自分の利益ばかり考え、自分が優れ
ていると思って賢ぶるのは、知恵の
足らない証拠である。

本当に賢い人は、そんな顔はしない
ものだ。たとえば、十分に詰まった
酒樽は振りまわしても音がしないの
と同じだ。

苦境に入ると義を欠いた行動に走る
人が増えるのは戦国時代も現代も
変わりがない。

簡単にリストラし数字が合うまで
人を減らしたり所得隠しをしたり、

大欲は小人のなせる業である。
志を大きく持って、目先の欲に
つられて軽率な行動をしてはなら
ない。

『人を“殺して”いないか』

2023年01月23日 12時12分45秒 | owarai
「ふところ手をして人を“殺して”
いないか」

お釈迦様が、馬の調教師に
「馬を調教するにはどうするの
ですか」と尋ねた。

「三つの方法がございます。
優しく。厳しく。後の一つは、
優しくなおかつ厳しく」

「その三つの方法で調教して
も、言う事を聞かなかったら、
どうするのですか」

「殺すしかありません」
次に、馬の調教師が尋ねた。

「あなたは、どのような方法で
人を育てられるのですか」

「私も、あなたと同じ方法です」
「もし、この三つの方法で人を
導き、言うことを聞かない人が
いたらどうしますか」

「この三つの方法で駄目なら、
私はその人を殺しています。

三つの方法をもって導けない
者は、共に悟ることもできな
いし、何も教えられない。

教えを授けられないというこ
とは、殺すことと同じと思わ
ないかね」

人の存在感を無視して黙殺
することは、その人を殺す
のと同じことです」

小さい子が親からの虐待を
大人に求めて聞き入れない、

働きたくても子どもを預け
れない現実は“黙殺”なの
です。


「苦手な人に駆け寄っていく」

2023年01月23日 12時10分57秒 | owarai
製図が苦手だったA君は、宿題
があると、五枚は必ず書く。

その中で気に入ったものを提出
したという。彼は卒業生総代に
なった。

ある年配の女教師は、「私は縫製
が好きじゃなかったの。それで、
皆が一枚縫うときに二枚縫い上
げたのよ。

同じものを二枚縫えば、たいてい
はコツが飲み込めますものね」と
言う。

一方、Bさんは縫製が嫌いで、い
つも養護室に逃げ出していた。

でも縫製は必ず作品を提出しなけ
ればならないので、家に帰って
眠い目をこすりながら縫わなけ
ればならなかった。

縫い方がわからないから母に聞
いて縫うのだが、それが嫌で仕
方がない。

そうして得たものは、縫製を憎
むことだけだった、と語ってい
る。

苦手なもの―――それが、人間
であれ、食べ物であれ、教科で
あれ、何であれ、苦手であるほど
避けずに、飛び込んでいくこと
です。

向こうから嫌いな人がくれば避
けて通りたくなるが、好きな人
ならば駆け寄っていけるはずです。

自分から寄っていけば、おのずと
好きになってくるもの。

そうすれば、自分の人生をのびの
びと生きることができます。

ココ・シャネルは、12歳になる
前に母が病死、行商人の父アルベ
ールに修道院の前で「いつか、迎
えにくるからと言われ」捨てられ、

修道院で嫌々ながら縫製の仕事を
覚え、歌手になることを夢みて酒
場で歌っていた歌が「トロカデロ
でココを見たのはだれ」という

題名にちなんでつけらた愛称が
「ココ」。

1906年歌手を断念しパリの
カンボン通り21番地に帽子の
アトリエを開業する。

嫌いな縫製を根気よく教えてくれ
た修道女たちの愛がここに育った
瞬間だ。

「前奏は、光こぼれる春の午後に始まった」。

2023年01月23日 12時09分23秒 | owarai
わたしを束ねないで
あらせという花のように
白いネギのように
束ねないでください

わたしを止めないで
高原からきた絵葉書のように

わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつけ
られた座に
座りきりにさせないでください

わたしは風
りんごの木と泉のありかを知って
いる風

わたしを区切らないで
コンマやピリオド いくつかの段落で

そしておしまいに「さよなら」が
あったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください

わたしは終わりのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく
一行の詩