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長屋の花見 (一)

2009-10-24 04:50:42 | 落語
 四季を通じて人の心持ちを浮き浮きさせる春ですが、春の花…… なんてえことを申しまして、まことに陽気でございます。


 「銭湯(せんとう)で上野の花の噂(うわさ)かな」


 花見どきはどこへ行きましても、花の噂で持ちきり……


 「おう、昨日、飛鳥山へ行ったが、大変な人だぜ。仮装やなんか出て面白かった」


 「そうかい、花はどうだった?」


 「花? さあ…… どうだったかな?」


 してみると、花見というのは名ばかりで、大概(たいがい)は人を見に行くか、また騒ぎに行くようで……


 「よう、おはよう。さあさあ、みんな長屋の者はちょっとここへ揃ってくんねえ。いやね、みんなを呼んだのは他でもねえが、今朝、みんなが仕事に出る前に家主(おおや)の所へ集まってくれという使いが来たんだ」


 「何だい、月番」


 「さあ、行ってみなけりゃ分からねえが、ていげいは見当はついている」


 「何だろうな。朝っぱらから家主が呼びに来るのは、ろくなことじゃあねえぜ」


 「店賃(たなちん)の一件じゃあねえかな」


 「店賃? 家主が店賃をどうしようってえんだ」


 「どうしょうってことァない。催促だってんだよ」


 「店賃の? ……図々しいもんだ」


 「図々しいったって…… おめえなんぞ、店賃のほう、どうなってる?」


 「いや、面目ねえ」


 「面目ねえなんてところをみると、持ってってねえな」


 「いや、それがね、一つだけやってあるだけに、面目ねえ」


 「そんならいいじゃねえか。店賃なんてもんは、月々一つ持っていくもんだ」


 「月々一つ持ってってありゃ、ここで面目ねえなんて言うことはねえ」


 「そりゃそうだな。先月のをやったのか、一つ?」


 「なに、先月のをやってありゃあ、大威張りじゃねえか」


 「じゃ、去年一つやったきりか?」


 「去年一つやってありゃあ、何も驚くことはねえ」


 「すると、二、三年前か?」


 「二、三年前なら、家主のほうから礼に来るよ」


 「よせよ。いってえおめえ、いつ持っていったんだ」


 「俺がこの長屋へ引っ越して来た時だから、指折り数えて十八年にならあ」


 「十八年、仇討ちだな、まるで…… そっちはどうなてる? ……おめえはこの長屋の草分けだが店賃のほうはどうなってる?」


 「ああ、一つやってあるよ」


 「いつやったね」


 「親父の代に」


 「上手(うわて)が出てきたね。 ……そっちはどうだ、店賃…… 」


 「へえー、こんな汚い長屋でも、やっぱり店賃を取るのかい?」


 「おうおう? 出さねえでいいと思ってんのか。酷え奴があるのんだ。 ……おいおい、お前さんはぼんやりしているが、店賃の借りはねえだろうな?」


 「え、ちょっと伺いますが、店賃というのは何のことで…… 」


 「おやおや、店賃を知らない奴が出て来やがった。店賃というのは、月々家主の処へ持って行くお銭(あし)だ」


 「そんなもの、まだ貰(も)ったことがねえ」


 「あれ、この野郎、店賃を貰う気でいやがる。どうも、しょうがねえ。一人として満足に店賃を払ってる奴がいねえんだから…… まま、これじゃあ、店立(たなだ)て(家主が借家人を追い立てること)ぐれのことは言うだろう。
けれどもな、ものの分かる面白い家主だ。ああいう家主に金を持たせてやりてえなあ」


 「そうよ。そうすりゃあ、ちょいちょい借りに行ける」


 「おーやおや、店賃を払わねえ上に、借りる気でいやがる。ま、ともかく、みんな揃って行くだけは行ってみようじゃねえか」


 「家主さん、お早(は)うございます」


 「え、お早うございます」


 「え、お早うござい」


 「お早う」


 「お早う」


 「おいおい、そんなに大勢でいっぺんに言うと、煩(うるさ)くていけねえ。一人言やあいい、一人」


 「ええ、それでは、あっしが月番でございますから、総名代で、お早うございます、と」


 「総名代が一番後から言っちゃあ、何にもならねえ」


 「お言いつけどおり、長屋の連中、揃って参りましたが、何かご用でしょうか?」


 「何だ、そんな戸袋(とぶくろ・敷居の端)のところへ片間(かたま)って…… そんな遠くから怒鳴(どな)ってねえで、もっとこっち来な」


 「いいえ、ここで結構です。すみませんが、店賃のところは、もう少し待っていただきたいんですがねえ…… 」


 「ははは、俺が呼びにやったので店賃の催促と思ったのか。しかし、そう思ってくれるだけでありがてえな。今日は店賃のことで呼んだんじゃあないよ」


 「そうですか。店賃は諦(あきら)めましたか」


 「諦めるもんか」


 「まだ未練があるな…… 割りに執念深い人だね。物事は諦めが肝心だあ」


 「おい、冗談言っちゃあいけねえ。雨露をしのぐ店賃だ。一つ精出して入れて貰わなくちゃ困る…… まあ、いいからこっちへ来な。実はな、お前さんたちを呼んだのは他じゃない。いい陽気になったな。表をぞろぞろ人が通るじゃないか…… 」


 「何所(どこ)へ行くんですかねえ?」


 「決まってるじゃないか。花見に行くんだ。うちの長屋も世間から貧乏長屋なんていわれて、景気が悪くってしかたがねえ。今日は一つ長屋中で花見にでも行って、貧乏神を追い払っちまおうてえんだが、どうだ、みんな」


 「花見にねえ…… で、何所へ行くんです?」


 「上野の山は、今が見どころだってから、近くていいから、どうだ」


 「上野ですか? すると、長屋の連中がぞろぞろ出かけて、花を見て一回りして帰ってくるんですか?」


 「歩くだけなんて、そんな間抜けな花見があるもんか。酒、肴(さかな)を持ってって、わっと騒がなくっちゃあ、せっかく行った甲斐(かい)がねえじゃあねえか。なまじっか女っ気のねえほうがいい。男だけで繰り出そうと思うんだが、どうだい?」


 「酒、肴…… ねえ、そのほうは?」


 「そのほうは、俺がちゃんと用意したから安心しな」


 「へえー、家主さんが酒、肴を心配してくれたんですか?」


*こちらにGyaoで放映中
[ 入船亭扇橋 「長屋の花見」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000511030/ ]




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