gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

浮世床 (一)

2009-10-18 11:11:14 | 落語
 江戸時代、ちょん髷(まげ)という、海苔巻きのようなものを頭につけていた時分には、町内の若い衆が、髪結床(かみゆいどこ・今でいえば、床屋のこと)へ集まって、一日中、遊んでいた。


 床屋で遊ぶというのはおかしいが、ここは、四畳半とか六畳ぐらいの小間(こま・小部屋のこと)があって、将棋盤に碁盤、貸本のようなものが備えてある。


 看板も今と違っていて、油障子に奴(やっこ)の絵を描いたのが奴床、天狗の下に床の字が書いてあると、これが天狗床、おかめの絵の下に床の字がついていると、おかめ床という具合に……


 「おいおい、ご覧よ」


 「あの海老床の看板、よく描けたじゃねえか。海老がまるで生きてるようだな」


 「え?」


 「あの海老、生きてるな?」


 「いや、生きちゃあいねえや」


 「生きてるよ」


 「生きてるもんか。どだい、絵に描いた海老だよ。生きてるわけがねえだろ」


 「いや、生きてるよ。見てごらんよ。髭(ひげ)を、こう、ぴーんとはねて…… 確かに生きているよ」


 「嘘を言え。死んでらい」


 「生きてるってのに…… こん畜生! 殴るぞ!」


 「何をっ!」


 「おいおい、お待ち、お待ち。お前たちは、何だって喧嘩してるんだ?」


 「へえ、ご隠居さん。今ね、この髪結床の障子に描いてある海老が、実に良くできてるんで、まるで生きてるようだと言いますとね、この野郎が『死んでいる』と、こうぬかしやがる。
 ねえ、ご隠居さんがご覧になって、あの海老は、どう見えます? 生きてるでしょう?」


 「生きちゃいないなあ」


 「ざまあみやがれ! 生きてるわけがねえじゃねえか。ねえ、ご隠居さん、死んでますよね?」


 「いや、死んでもないな」


 「へえー、生きてなくて、死んでもねえっていうと、どうなってるんです?」


 「ありゃ、患(わずら)っているな」


 「患ってる?」


 「ああ、よくご覧よ。床についている」



 「誰だい。向こうでの隅で、壁に頭をおっつけて本を読んでいるのは。銀さんかい…… 銀さん、何をしてんだい?」


 「うん、今、本を読んでいるんだ」


 「いったい、何の本?」


 「戦(いく)さの本」


 「ほーう、何の戦さだ?」


 「姉さまの合戦」


 「え? 変な戦さだなあ。姉さま?」


 「あの、本多と真柄(まがら)の一騎討ち」


 「ああ、それなら姉川の合戦じゃないか?」


 「ああ、それ…… 」


 「そりゃ、面白そうだな。本を読むなら声に出して、読んで聞かせておくれよ」


 「だめ」


 「どうして?」


 「本てえもんは、黙って読むところが面白い」


 「そんな意地のわりいこと言わねえでさ。みんなここにいる奴は退屈しているんだからさ、ひとつ読んで聞かせておくれよ」


 「じゃあ、読んでやってもいいが、そのかわり、読みにかかると止まらなくなる」


 「そんなに早えのかい?」


 「立て板に水だ」


 「へえー」


 「さーってやっちまうよ。途中で聞き逃してもおんなしとこは、二度と聞かれねえからな」


 「そうかい、じゃあ、そのつもりで聞くよ」


 「静かにしろ」


 「うん」


 「動くな」


 「うん」


 「息を止めろ」


 「冗談言うない。息を止めりゃ死んじまわな」


 「よし、始めるぞ。 ……えー、えーえーッ」


 「ずいぶん『え』が長いね」


 「柄が長いほうが汲みいいや。 ……ううゥ ……ん」


 「何だい、うなされているようだな」


 「いま調子を調べているところだ…… ひと…… ひとつ…… ひとつ…… ひとつ…… 」


 「何だい、いつまでたっても、一つだね。二つになんねえかい?」


 「黙って聞きなよ…… ひとつ、あね、あね、あね川かつ かつせん、のことなり」


 「何だか、あやまり証文(詫び状のこと)みてえだな。『一、姉川合戦のことわりなり』から、始められちゃかなわねえ。本多と真柄の一騎討ちのところから読んでくれよ」


 「じゃあ、真ん中から読むよ。 ……えへん、このとき真柄ッ」


 「調子が上がったね」


 「ここんとこから二上がりになる」


 「お後は?」


 「このとき、真柄じゅふろふさへへ…… さへへ…… さへへ…… 」


 「おいっ、どこか破れてるんじゃねえのか。お前のは『立て板に水』じゃねえ、『横板にモチ』だよ。 ……そりゃ真柄十郎左衛門だろ?」


 「ああ、そうだ、そうだ。 ……で、どうなるんだい?」


 「お前が読んでいるじゃあねえか」


 「ああ、そうそう。 ……真柄十郎左衛門が、敵にむかつ…… むかつ…… むかついて…… むかついて…… 」


 「おい、誰か金だらいを持ってこいよ。むかついてえから…… 」


 「何を余計なことをするんだよ。ここに書いてあるからよ…… 敵にむか…… ああ、むかって…… だ」


 「ああ、心配したぜ。向かってなら分かるが、むかついてって言うからよ」


 「戦さなんてものは、両方の大将がむかついて始まるもんだ。 ……敵に向かって、一尺二寸(約37.8cm)の大太刀を…… まつこうッ」


 「おい、松公、呼んでるぜ」


 「まつこうッ」


 「何だい?」


 「何で、そこで返事をするんだ?」


 「今、お前、松公ッて呼んだろう?」


 「違うんだ。本に書いてある。 ……敵に向かって。真ッこう…… だ。真ッこう、あ、あ、じょうだん、に、ふり、ふりかぶり…… 」


 「何だい、だらしがねえなあ。ところでお前。 ……一尺二寸の大太刀を真っ向、大上段に振りかぶり…… って言ったけど、一尺二寸といえば、こんなもんじゃあないか、真柄十郎左衛門といえば、北国随一の豪傑だぜ。長えから大太刀だろう? 一尺二寸の大太刀ってえのはないだろう?」


 「横に断わり書きがしてあらあ」


 「何としてあるんだ」


 「もっとも一尺二寸は刀の横幅なり」


 「え? 横幅かい? しかし、そんなに横幅があったんじゃあ、振り回した時に向こうが見えなくなるだろう?」


 「ああ、それだから、また、断り書きがしてある」


 「また、断り書きかい?」


 「うん、 ……もっとも、振り回した時に、向こうが見えないといけないから、所々に窓をあけ…… 」


 「へーえ、こりゃ驚いた。刀に窓が開いてんのかい?」


 「ああ、この窓から覗いては敵を斬り、窓から首を出しては、本多さんちょいと寄ってらっしゃい…… 」


 何を言ってやがるんだ。もうお止しよ。そんなばかばかしいものを聞いていられるかい」


 「どうしたい、みんなで銀さんをからかったりして…… 」


 「からかってるんじゃない。逆にからかわれちまった」


*こちらにGyaoで放映中
[古今亭志ん弥 「浮世床」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000525181/ ]




最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。