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長屋の花見 (四)

2009-10-26 22:47:26 | 落語
 どうやら例の蒲鉾(かまぼこ)が好きなようです。
 「おお、ありがとう。へええ、どうも。家主(おおや)さんの前ですが、あっしはこの、蒲鉾が大好きでね。
今朝もこの蒲鉾を千六本(千切りのこと)にして、おつけの実にしましたよ。ええ、胃の悪いときには、また、蒲鉾を卸(おろ)しにしましてね」


 「何?」


 「蒲鉾の葉のほうは、糠味噌(ぬかみそ)に漬けると…… 」


 「気をつけて口をききなよ。蒲鉾に葉っぱがあるかい…… おいおい、音をたてねえで食えねえか」


 「えっ? 音をたてねえで? この蒲鉾を音をたてずに食うのは難しいや」


 「そこを何とか一つやってくれ」


 「うーん、うーん」


 「おい、どうした、どうした?」


 「うーん」


 「おい、寅さん、しっかりしろ」


 「うーん、蒲鉾を鵜呑(うの)みにして、喉(のど)へつっかえたんだ」


 「そーれ、背中をぴっぱたいてやれ、どーんと一つ…… 」


 「あー、助かった。この蒲鉾を音をさせずに食うのは命がけだぜ」


 「お、お花見なんだよ。なんかこう花見に来たようなことをしなくちゃあ…… 向こうを見ねえ、甘茶でカッポレ踊ってらあ」


 「こっちは番茶ださっぱりだ」


 「しょうがねえ…… そうだ、六さん。お前さん、俳句をやっているそうだな。どうだ、一句吐いてくれねえか」


 「へえへ、そうですな『花散りて 死にとうなき 命かな』」


 「何だか寂しいな。他には?」


 「『散る花を なむあみだぶつと いうべきかな』」


 「なお陰気になっちまうよ」


 「何しろ、ガブガブのポリポリじゃ陽気な句もできませんから…… 」


 「誰か陽気な句はないかい?」


 「そうですね。今わたしが考えたのを、書いてみました。こんなのはどうでしょう?」


 「ほう、弥太さんかい。お前、矢立て(携帯用の筆記道)なんぞ持ってきて、風流人だ。いや感心だ…… どれ、拝見しよう『長屋じゅう……』うん、うん、長屋一同の花見というところで、頭へ長屋中と入れたのはいいね。
『長屋じゅう 歯を食いしばる 花見かな』え? 何だって、よく分からないな、『歯を食いしばる』ってえのはどういうわけだい?」


 「なに、別に難しいことはない。偽りのない気持ちを詠んだまでで…… つまり、どっちを見ても本物を飲んだり、食ったりしている。ところが、こっちはガブガブのポリポリだ。ああ、情けねえと、思わずバリバリと歯を食いしばったという…… 」


 「しょうがねえなあ。じゃあ、こうしよう。今月の月番、景気よく酔っ払っとくれ」


 「いえね、家主さん。酔わねえふりをしてろってえならできますけど、酔えたってそりゃ無理だよ」


 「無理は承知だよ。だけど、お前、それぐらいの無理は聞いてくれたっていいだろう? そりゃ、あたしゃ恩にきせるわけじゃあないが、お前の面倒は随分みたよ」


 「そ、そりゃわかってますよ。そう言われりゃ一言もありませんから、ああ、一つご恩返しのつもりで…… 
覚悟して酔うことに決めました」


 「ああ、ご苦労だな。一つまあ、威勢よくやってくれ」


 「ええ、では家主さん」


 「何だ」


 「つきましては、さてはや、酔いました」


 「そんな酔っ払いがあるか。いやあ、お前はもういい、来月の月番、丼鉢(どんぶりばち)かなんか持って一つ派手に酔ってくれ」


 「はっは、しょうがねえ。どうしても月番に回ってくらあ。手ぶらじゃ酔いにくい。その湯飲み茶碗かせ。さあ、酔ったぞ。誰がなんて言ったって、俺は酔ったぞッ」


 「ほう、たいそう早いな」


 「その代わり醒(さ)めるのも早いよ。本当に俺は酒飲んで酔っ払ったんだぞ」


 「断わらなくてもいいよ」


 「断わらなかったら、狂気と間違えられるよ。さあ、酔った。貧乏人だ、貧乏人だって馬鹿にするない。
借りたもんなんざぁ、どんどん利子をつけて返してやらあ」


 「その調子、その調子」


 「本当だぞ。家主がなんだ。店賃なんぞ払ってやらねえぞ」


 「わりい酒だな。でも、酒がいいから、いくらでも飲んでも頭にくることはないだろう?」


 「頭にこない代わり、腹がだぶつくなあ」


 「どうだ、酔い心地は?」


 「去年の秋に井戸へ落っこったときのような心地だ」


 「変な心地だなあ。でもおめえだけだ、酔ってくれたのァ。どんどんついでやれ」


 「さあ、ついでくれ、威勢よくついでくれ。とっとっとと、こぼしたって惜しい酒じゃあねえ…… 
おっと、ありがてえ」


 「どうしたんだい?」


 「ご覧なさい、家主さん。近々長屋に縁起のいいことがありますぜ」


 「そんなことが分かるか?」


 「分かりますとも…… 」


 「へえ、どうして?」


 「湯飲みの中に、酒柱が立ってます」


 お後が宜しいようで……


*こちらにGyaoで放映中
[ 入船亭扇橋 「長屋の花見」 http://gyao.yahoo.co.jp/player/00291/v01038/v0103800000000511030/ ]




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