「愛のために、黄泉の国へ赴く男」
「黄泉の国から、きっとエウリュディケーを連れ戻してみせる―― 」
決意の血の涙(……か、どうかは定かではありませんが)を拭きさり、神話上、最高の詩人オルペウスの旅がはじまった。
事の次第はこうだ。エウリュディケーは彼の最愛の妻であり、新婚の二人はこれから幸福の人生を歩んでいくはずだった。
しかし、運命の悪戯か、美しいエウリュディケーに懸想した男がいた。その抱擁から逃れようとした彼女は誤って毒蛇を踏み、咬まれて殺されてしまう。
可哀相なエウリュディケー。いいや、愛する妻にこんな形で先立たれ、残った夫の悲しみはいかばかりなのか。
そうして、愛に燃えるオルペウスは決心したのだった。
しかし、運命の悪戯か、美しいエウリュディケーに懸想した男がいた。その抱擁から逃れようとした彼女は誤って毒蛇を踏み、咬まれて殺されてしまう。
可哀相なエウリュディケー。いいや、愛する妻にこんな形で先立たれ、残った夫の悲しみはいかばかりなのか。
そうして、愛に燃えるオルペウスは決心したのだった。
本来、生身の人間は、黄泉の国には入れないのが定めだ(そりゃそうです)。ところが、そこは天才詩人音楽家。なんたって彼が歌い、竪琴を奏でると、野獣・山川・草木・石に至るまで、その素晴らしさに聞き惚れて彼の周りに集って仲良く耳を傾けた、と言うほどなのだ。
オルペウスの奏でる音色を前にして、三途の川の渡し守・金の亡者であるカローンは渡し賃を取るのも忘れ、かの地獄の番犬ケルベロスまで飼い犬同然、地獄の魔物どもも、襲うどころか、すっかり聞き入ってしまった。
そうして、とうとう彼は冥界の王ハーデースと、その妃ペルセポネーの前に立つ。
そうして、とうとう彼は冥界の王ハーデースと、その妃ペルセポネーの前に立つ。
「愛する妻を返して下さい…… 」
切々と訴える哀切の調べに、ペルセポネーは大きく心を動かされた。実はハーデースは乗る気がしなかったが、妃の口添えにやむなく心を動かす。
「 ……わかった。ただ一つだけ守ってもらうことがある。お前はエウリュディケーの前を常に歩き、地上に帰り着くまで決して後ろを振り向いてはならん。よいか、決して振り向くな」と条件を出して許した。
当然ながら、喜び勇んだオルペウスは、地上に向かって歩き始める。やがて彼の目に地上の光が差し込んできた。
「やったぞ、わが妻よ!」
地上に出て、振り向いた彼の後ろに悲しみの表情を浮かべたエウリュディケーがいた。
「ああ、あなた……っ、さよなら…… 」
なんと、早すぎた。エウリュディケーの足は半歩、まだ冥界にあったのだ。目の前でかき消されていく愛妻。
同じ手は二度と効かず、こうしてオルペウスはすっかり厭世的になったとも、また川に身を投げて死んでしまったとも伝えられている。
同じ手は二度と効かず、こうしてオルペウスはすっかり厭世的になったとも、また川に身を投げて死んでしまったとも伝えられている。