モーツァルト:幻想曲ハ短調K.457
ピアノソナタ第14番K.457
ピアノソナタ第16番K.570
ピアノソナタ第17番K.576
ピアノ:ワルター・ギーゼキング
LP:東芝EMI EAC‐70010
ワルター・ギーゼキング(1895年―1956年)は、ドイツ人の父とフランス人の母のもと、フランスのリヨンに生まれた。ドイツとフランスという2国をベースにしていたためか、そのレパートリーはかなり幅広く、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンなど古典的なものから、シューベルト、シューマンなどのロマン派、これに加えドビュッシー、ラヴェル、ラフマニノフ、さらに、当時の現代音楽にも及んだ。驚異的な暗譜能力を持ち、新譜を1回見ただけで、完璧に弾きこなしたという。また、楽譜に忠実に演奏する”新即物主義”の旗手としても名高かかった。当時は、作曲家の楽譜を忠実に再現する奏法が新しく勃興していた。ギーゼキングは、作曲家が作曲した楽譜を忠実に再現する奏法、即ち”新即物主義”奏法を貫き通し、ついにはそれを定着させることに成功したのである。これを実現させたのが、比類なきペダル操作と完璧なまでの作品の記憶能力であった。しかし、単に細部にわたる楽譜の忠実な再現だけでないところが、ギーゼキングの真骨頂である。即ち、楽曲構造に対する明快な洞察力も備えていたのである。単に楽譜に忠実に再現するだけなら、今日までその名を残すことは到底あり得ない。バッハならバッハ、モーツァルトならモーツァルトの曲でなければ醸し出せない、その曲の真髄をギーゼキングは再現してみせたのである。スカルラッティやモーツァルトの音色の美しさや格調の高さ、ドビュッシーやラヴェルの微妙に変化する和声や色調は、ギーゼキングの内面から発せられたものであったからこそ、逆に”新即物主義”奏法の真価が発揮されたのだ。このLPレコードでは、モーツァルトの幻想曲と3つのピアノソナタの演奏を通して、そんなギーゼキングの”新即物主義”奏法の真髄を聴くことができる。録音は古くなったが、モーツァルトのピアノ独奏曲における存在価値は、今後もいささかも損なわれることはないだろう。ピアノソナタ第14番は、モーツァルトがウィーンに移ってから最初に作曲した作品で、1784年10月14日に完成した。翌1785年、この曲をウィーンの出版商アルタリアから刊行した際に、曲頭に1785年5月に作曲した幻想曲ハ短調K.457を付け、ソナタの前奏曲のような役割を持たせている。ピアノソナタ第16番は、1789年2月にウィーンで作曲された。ピアノソナタ第17番ニ長調は、1789年7月に作曲されたモーツァルト最後のピアノソナタとなった。(LPC)