ベートーヴェン:ピアノソナタ第7番
バガテル集(Op.33、119、126)
ピアノ:スヴャトスラフ・リヒテル
発売:1979年
LP:ビクター音楽産業 VICX‐1018
このLPレコードでピアノを独奏しているスヴャトスラフ・リヒテル(1915年―1997年)は、圧倒的な技巧に加え、感覚的で鋭い表現力を持ち、しかも音そのものの粒が揃い、弱音から強音までダイナミックレンジが広いピアノ演奏で一世を風靡したロシアのピアニストであった。リスナーが一度でもリヒテルの演奏を聴くと、男性的で力強いピアニズムの一方で、その力強いピアノタッチからはとても想像も出来ないような繊細な表現力も併せ持っているので、たちまち完全に魅了されてしまうことになる。LPレコードからは、なかなか分りづらいが、実演では即興性にも長けていたピアニストであったという。要するにリヒテルは、ピアニストとして完璧と言っていいほどの完成度を誇っていたのである。このLPレコードには、「メロディアが誇る三大巨匠の記念碑的名演を厳選して贈る画期的シリーズ遂に登場」とある。三大巨匠とは、当時世界のクラシック音楽界を席巻していた、3人のロシア出身演奏家、チェリストのロストロポ-ヴィッチ(1927年―2007年)、ヴァイオリニストのオイストラッフ(1908年―1974年)、それにピアニストのリヒテルを指す。このシリーズには、リヒテルについて7枚のLPレコードが含まれている。それらは、このLPレコードのベートーヴェン、それに加えハイドン、シューベルト、ショパン、シューマン、スクリャービン、プロコフィエフのLPレコードである。これは、リヒテルが得意としていた作曲家の幅が如何に広かったかに驚かされる。こんな例は、ホロビッツ(1903年―1989年)ぐらいしかいないであろう。このLPレコードでは、ベートーヴェンの初期の作品がリヒテルのピアノ演奏で聴ける。A面のピアノソナタ第7番は、第1交響曲よりも少し前の作品で、1793年に書かれた3曲のピアノソナタの3番目の曲。このピアノソナタの第2楽章は、「ラールゴ・エ・メスト(悲しげに)」と書かれており、物悲しさに満ちた楽章。ベートーヴェンは「心の憂愁な状態をあらわし、そのあらゆる微妙な陰影やあらゆる様相を描く」と語ったと言われる。ここでのリヒテルの演奏は、正に”憂愁な状態”を巧みに弾き出しており、ベートーヴェンの中期から後期作品かと見まごうほどの内容の濃い表現力で、聴くものを魅了する。B面に収められたバガテルとは、“ちょっとしたもの””つまらないもの”といった意味のピアノ作品のこと。リヒテルは、これらの作品でもピアノソナタと同じように全力で弾きこなす。(LPC)