十和田湖へ行ってきました。
前回は雪のため辿り着くことができなかったけど、
今日はいい天気なのでさすがに大丈夫だろうとドライブ。
途中、前回寄った七滝へも寄りました。
穏やかに流れ落ちる滝の水。浄化よりもやさしい癒しという感じ。
今日の滝は穏やかで、前回偶然訪れた時のような轟々とすべてを流し尽くすような
圧倒的な水のエネルギーを感じません。
前回のあの天気の日にここを訪れたことに意味があったんだろうなぁ…としみじみ。
すべてのことは完璧なタイミングで起こっているんだなぁ。
紫明亭展望台から
十和田湖の水面
木陰にビニールシートを敷いてお昼ごはん。ぼーっとしたり。
昼食後に十和田神社へ。開運の小道を通って。
もののけ姫に出てきそうな景色。巨岩たちがいっぱい。
神社の方へ近づくと人の気配も減ってホッとします。静かで気持ちがいいです。
時々人の気配の感じないところにぶらりと行きたくなります。
そんな時、十和田湖の占場に行くのが好きでした。
占場はロープをつかみながら、ごつごつとした岩場を登ったり、
急な鉄梯子をかなり降りていかないと辿り着かないため、
滅多なことがない限り誰もこないのですごく好きな場所でした。
十和田神社へ訪れると、数年前に初めて占場を訪れた時に出逢った人のことを思い出します。
その人は、占場へ辿り着くための急な鉄の梯子の手前でたくさんの汗をかきながら座り込んでいました。
その時ちょうど、急な鉄梯子を下るかどうかで迷っていたので
座り込んで休んでいたその人に下の占場の様子を尋ねてみました。
その人は下の様子と一緒に何をするところなのかを詳しく教えてくれました。
およりという紙に願いを書いて、湖面に浮かべる。
願いが叶うと、紙は沈む。
叶わないと、そのままおよりは流されていく。
そんな内容でした。
そのおばさんは、どの病院に行ってももう助かる見込みがない、と最期通告されていて、
藁にでも縋る思いでここに来た、と言っていました。
どんな方法でも良くなりたい、と神頼みのつもりでここへ来た、と。
なかなかおよりが沈まずに、どうか沈んで!とお願いしたらおよりが沈んだと言います。
およりが沈んで心底ほっとした様子。
病気をおしてまで、この険しい道のりを来たようで
汗をたくさんかいていたのはその為だったのか…と思いました。
よくよくおばさんを見ると髪がウィッグであることに気がつき、
病気で髪を失ったんだろう、ということを感じさせました。
おばさんの汗をかいて息を切らしている様子を目の当たりにすると、
自分にはそのおばさんのように深刻な差し迫った悩みなんてないことに気づかされました。
そう気がつくと、この占場という場所がとても神聖な場所に思えました。
自分の抱えている悩みなんてちっぽけだ。
なんだか大事なことを教えられたような気がしました。
たったそれだけの出会いと会話でしたが、今でもその人のことを思い出します。
願いがかなって、今でも元気でいるといいなぁと思います。
そんなことがあってから、なぜか十和田神社の占場という場所がなんだか好きで、
一人でブラリと訪れてはごつごつとした道を上り、
鉄梯子をくだり、占場の湖面まで行き、そこの岩場に座り込んで
ぼけーっとただ景色を思う存分眺めるだけながめて帰る、ということを何度かしました。
占場の日陰の湖面の穏やかな水の音、たまに聞こえる鳥の声、
人の気配の感じないそこにただいるだけでなんだかホッとし癒される思いでした。
今回も占場まで行けたらいいなぁと思いましたが
今は鉄梯子が老朽化したかなにかで立ち入り禁止になってしまったらしく
あの静かで神聖な場所へは訪れることは出来なくなってしまっていました。
ちょっと残念。
でも十和田神社の拝殿の方の空気も澄んでいて好きなのでそっちを存分に味わえたらいいなぁと
神社付近をブラブラ。
鳥居
拝殿
拝殿の近くまでいってとった写真に、たまたま少し太陽の光が差し込んでいたのですが
その写真にたくさん綺麗な青やら紫やら虹っぽい色の丸が写り込んでいました。
普通に考えたらレンズフレアなんですが、とても綺麗な感じだったので
きっと神社はいい気で溢れているんだなぁ…と思いました。
青森県側は乙女の像やら十和田神社があるので、観光の人たちでニギヤカです。
今回一人で訪れたのは静かな湖でぼけーっとしたかったからなので
秋田県側の十和田湖へ寄ってゆっくりしてきました。
湖の水に裸足でつかったりして満喫。
最後に湖に面している喫茶店でコーヒーを飲みながらボケーっとしてきました。
気持ちがよかった!
前回は雪のため辿り着くことができなかったけど、
今日はいい天気なのでさすがに大丈夫だろうとドライブ。
途中、前回寄った七滝へも寄りました。
穏やかに流れ落ちる滝の水。浄化よりもやさしい癒しという感じ。
今日の滝は穏やかで、前回偶然訪れた時のような轟々とすべてを流し尽くすような
圧倒的な水のエネルギーを感じません。
前回のあの天気の日にここを訪れたことに意味があったんだろうなぁ…としみじみ。
すべてのことは完璧なタイミングで起こっているんだなぁ。
紫明亭展望台から
十和田湖の水面
木陰にビニールシートを敷いてお昼ごはん。ぼーっとしたり。
昼食後に十和田神社へ。開運の小道を通って。
もののけ姫に出てきそうな景色。巨岩たちがいっぱい。
神社の方へ近づくと人の気配も減ってホッとします。静かで気持ちがいいです。
時々人の気配の感じないところにぶらりと行きたくなります。
そんな時、十和田湖の占場に行くのが好きでした。
占場はロープをつかみながら、ごつごつとした岩場を登ったり、
急な鉄梯子をかなり降りていかないと辿り着かないため、
滅多なことがない限り誰もこないのですごく好きな場所でした。
十和田神社へ訪れると、数年前に初めて占場を訪れた時に出逢った人のことを思い出します。
その人は、占場へ辿り着くための急な鉄の梯子の手前でたくさんの汗をかきながら座り込んでいました。
その時ちょうど、急な鉄梯子を下るかどうかで迷っていたので
座り込んで休んでいたその人に下の占場の様子を尋ねてみました。
その人は下の様子と一緒に何をするところなのかを詳しく教えてくれました。
およりという紙に願いを書いて、湖面に浮かべる。
願いが叶うと、紙は沈む。
叶わないと、そのままおよりは流されていく。
そんな内容でした。
そのおばさんは、どの病院に行ってももう助かる見込みがない、と最期通告されていて、
藁にでも縋る思いでここに来た、と言っていました。
どんな方法でも良くなりたい、と神頼みのつもりでここへ来た、と。
なかなかおよりが沈まずに、どうか沈んで!とお願いしたらおよりが沈んだと言います。
およりが沈んで心底ほっとした様子。
病気をおしてまで、この険しい道のりを来たようで
汗をたくさんかいていたのはその為だったのか…と思いました。
よくよくおばさんを見ると髪がウィッグであることに気がつき、
病気で髪を失ったんだろう、ということを感じさせました。
おばさんの汗をかいて息を切らしている様子を目の当たりにすると、
自分にはそのおばさんのように深刻な差し迫った悩みなんてないことに気づかされました。
そう気がつくと、この占場という場所がとても神聖な場所に思えました。
自分の抱えている悩みなんてちっぽけだ。
なんだか大事なことを教えられたような気がしました。
たったそれだけの出会いと会話でしたが、今でもその人のことを思い出します。
願いがかなって、今でも元気でいるといいなぁと思います。
そんなことがあってから、なぜか十和田神社の占場という場所がなんだか好きで、
一人でブラリと訪れてはごつごつとした道を上り、
鉄梯子をくだり、占場の湖面まで行き、そこの岩場に座り込んで
ぼけーっとただ景色を思う存分眺めるだけながめて帰る、ということを何度かしました。
占場の日陰の湖面の穏やかな水の音、たまに聞こえる鳥の声、
人の気配の感じないそこにただいるだけでなんだかホッとし癒される思いでした。
今回も占場まで行けたらいいなぁと思いましたが
今は鉄梯子が老朽化したかなにかで立ち入り禁止になってしまったらしく
あの静かで神聖な場所へは訪れることは出来なくなってしまっていました。
ちょっと残念。
でも十和田神社の拝殿の方の空気も澄んでいて好きなのでそっちを存分に味わえたらいいなぁと
神社付近をブラブラ。
鳥居
拝殿
拝殿の近くまでいってとった写真に、たまたま少し太陽の光が差し込んでいたのですが
その写真にたくさん綺麗な青やら紫やら虹っぽい色の丸が写り込んでいました。
普通に考えたらレンズフレアなんですが、とても綺麗な感じだったので
きっと神社はいい気で溢れているんだなぁ…と思いました。
青森県側は乙女の像やら十和田神社があるので、観光の人たちでニギヤカです。
今回一人で訪れたのは静かな湖でぼけーっとしたかったからなので
秋田県側の十和田湖へ寄ってゆっくりしてきました。
湖の水に裸足でつかったりして満喫。
最後に湖に面している喫茶店でコーヒーを飲みながらボケーっとしてきました。
気持ちがよかった!