「 長谷寺の紫陽花 」5月29日
森川 由美子さん 撮影
私は幼少の頃は乗り物に弱かったし、今でいう過敏性大腸症候群のような症状があったので、
あまり遠くまで出掛けるのは苦手であった。その所為か旅に対してはあまり積極的ではなかった。
それでも大人になっては、やれスキーだ、慰安旅行だ、そして会社時代は出張で国内や海外まで
へも出掛けた。各地の観光地の名物や美味いもの、景色や珍しい風土や風習やお国柄を、まぁ
まぁ最低人並には楽しんできたと思う。
しかし旅をするのが唯一の趣味や楽しみ、果ては人生の唯一の生き甲斐だとか目的だとかいう
ような人を見ると違和感を覚え理解できなかった。
過度の旅行礼賛者には現実生活からの無意識な逃避の傾向が強いのではないかと気の毒に思っていた。
何とか今の状態や環境、心と体をともに改良する努力を、その旅への情熱と積極性を向けたら良いのに
なんて思っていたものだ。
自分のような旅嫌いは、好奇心の欠如や新しい自由の天地やエサなどを求めて移動する勇気や気力と
行動力に欠け、そして生命力や本能の脆弱さの表れだろうか。
平凡平穏と現状維持を求める消極的な性格なのだろうか。もちろん今では体調の不具合への不安が一番
の原因であるけれど。
小さい子供が広い場所に来ると偶に異常なハシャギ方をする子がいるが、あれは狭い所に住んでいるとか
親がやたら厳しく怒る家庭に多いという説がある。
これにも似て、日頃の生活の人生での不満や鬱屈の場を旅に求めているのかという説には賛成だった。
しかし今はそれだけではないと理解している。この退屈で悩みや不安や不満の多い現世から、しばし離れて
リフレッシュして来るという効果があるという意味では納得している。
何しろ人間は移動するのが本能であるという先祖からの要因を受け継いでいるのだから、動くことによって
精神の安定を得ることが出来るのかも知れない。