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【盲点力とは】5598
心理学者、多湖輝(あきら)氏の心に響く言葉より…
マゼランが世界一周の航海を続けていたとき、文明から長い間隔離されていた南の海の孤島では、そこに住む人たちの目にマゼランの船が見えなかったそうです。
彼らの想像を絶する巨大な船が、水平線に姿を現わしても、それを誰も船として認めることができなかったのです。
ではどう映ったか?
見えなかった。
ただそれだけのことです。
だから、船がどんどん島に近づいてくるのも気がつかなかったそうです。
とうとう船が島の入り江に入ってきて、その巨大な姿を間近に見たときに初めて、住民たちは驚愕したというのです。
「そんなバカな」と思うかもしれませんが、この話にはとても示唆することが多いように思えます。
わたしたちは、 自分たちの価値観や世界観とまったく異質なものは、見えないのです。
それが科学的な発見なら一笑にふそうとするし、他人の意見なら聞く耳を持ちません。
これは、見る目を持たないということと同じです。
盲点のメカニズムは生理学的にははっきりしています。
人間の網膜には無数の視細胞が張り巡らされていますが、視神経が通っている場所に視細胞はありません。
だから、目線を動かさない限り、どうしても見えない部分がつねに存在します。
つまり、一点を凝視すればするほど、盲点が生まれるのです。
この事実は、そのまま、わたしたちの「盲点」を指摘しているようです。
何かに熱中すると視野が狭くなること。
一つの考えにこだわってしまうと他のものが見えなくなってしまうこと。
そういったことがたぶん、わたしたちの「盲点」を生み出す原因になるはずです。
逆に考えれば、ありのままの現実を受け入れる人や、ものごとをさまざまな角度から見つめられる人は、「盲点」にすぐに気がつくことになります。
「常識や先入観にとらわれない」 「ものごとをうわべだけで判断せずに、裏側や陰の部分にも注目する」
そういった気持ちを忘れない人が、とかく見落としがちな「盲点」に目が行き届く人ではないでしょうか。
つまり、「盲点力」のある人です。
●「盲点力」のある人は、好奇心を失いません
●「盲点力」のある人は困難を苦にしません
●「盲点力」のある人は朗(ほが)らかです
どんな逆境でも軽く一ひねりして、自分の楽しみや幸せを見つけてしまいます。
あるいはどんなに順調でも、油断や慢心することなく自分の人生を楽しみます。
「盲点力」のある人は、どんなときでも表情豊かに、フワリフワリと人生を楽しむ達人と 言えるのではないでしょうか。
『盲点力』WIDE SHINSHO
https://amzn.to/3vJcEvL
中国の「大学」の中にこんな言葉がある。
「心ここに在(あ)らざれば、視(み)れども見えず、聴けども聞こえず、食(くら)えどもその味を知らず」
心がここになかったら、視ていても見えない、聴いても聞こえない、食べてもその味が分からない。
心がここにない状態、つまり、うわの空だったり、ぼんやりしていたら、大事なことも見逃してしまうし、聞き逃してしまう。
それは、一つの考えにこだわってしまうという「執着」がある状態も同じ。
禅では、手放すことを「放下著(ほうげじゃく)」という。
執着という、しがらみや、こだわりを、「捨てろ」、「忘れてしまえ」、「ほうり投げろ」、ということ。
若さも、健康も、愚かさも、愛も、憎しみも、それに執着しないこと。
常識や先入観にも執着しない。
人生を楽しむ達人になるため…
盲点力を身につけたい。
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心理学者、多湖輝(あきら)氏の心に響く言葉より…
マゼランが世界一周の航海を続けていたとき、文明から長い間隔離されていた南の海の孤島では、そこに住む人たちの目にマゼランの船が見えなかったそうです。
彼らの想像を絶する巨大な船が、水平線に姿を現わしても、それを誰も船として認めることができなかったのです。
ではどう映ったか?
見えなかった。
ただそれだけのことです。
だから、船がどんどん島に近づいてくるのも気がつかなかったそうです。
とうとう船が島の入り江に入ってきて、その巨大な姿を間近に見たときに初めて、住民たちは驚愕したというのです。
「そんなバカな」と思うかもしれませんが、この話にはとても示唆することが多いように思えます。
わたしたちは、 自分たちの価値観や世界観とまったく異質なものは、見えないのです。
それが科学的な発見なら一笑にふそうとするし、他人の意見なら聞く耳を持ちません。
これは、見る目を持たないということと同じです。
盲点のメカニズムは生理学的にははっきりしています。
人間の網膜には無数の視細胞が張り巡らされていますが、視神経が通っている場所に視細胞はありません。
だから、目線を動かさない限り、どうしても見えない部分がつねに存在します。
つまり、一点を凝視すればするほど、盲点が生まれるのです。
この事実は、そのまま、わたしたちの「盲点」を指摘しているようです。
何かに熱中すると視野が狭くなること。
一つの考えにこだわってしまうと他のものが見えなくなってしまうこと。
そういったことがたぶん、わたしたちの「盲点」を生み出す原因になるはずです。
逆に考えれば、ありのままの現実を受け入れる人や、ものごとをさまざまな角度から見つめられる人は、「盲点」にすぐに気がつくことになります。
「常識や先入観にとらわれない」 「ものごとをうわべだけで判断せずに、裏側や陰の部分にも注目する」
そういった気持ちを忘れない人が、とかく見落としがちな「盲点」に目が行き届く人ではないでしょうか。
つまり、「盲点力」のある人です。
●「盲点力」のある人は、好奇心を失いません
●「盲点力」のある人は困難を苦にしません
●「盲点力」のある人は朗(ほが)らかです
どんな逆境でも軽く一ひねりして、自分の楽しみや幸せを見つけてしまいます。
あるいはどんなに順調でも、油断や慢心することなく自分の人生を楽しみます。
「盲点力」のある人は、どんなときでも表情豊かに、フワリフワリと人生を楽しむ達人と 言えるのではないでしょうか。
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中国の「大学」の中にこんな言葉がある。
「心ここに在(あ)らざれば、視(み)れども見えず、聴けども聞こえず、食(くら)えどもその味を知らず」
心がここになかったら、視ていても見えない、聴いても聞こえない、食べてもその味が分からない。
心がここにない状態、つまり、うわの空だったり、ぼんやりしていたら、大事なことも見逃してしまうし、聞き逃してしまう。
それは、一つの考えにこだわってしまうという「執着」がある状態も同じ。
禅では、手放すことを「放下著(ほうげじゃく)」という。
執着という、しがらみや、こだわりを、「捨てろ」、「忘れてしまえ」、「ほうり投げろ」、ということ。
若さも、健康も、愚かさも、愛も、憎しみも、それに執着しないこと。
常識や先入観にも執着しない。
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