正面にかつての番所役人の子孫:岩田氏の方が住む新居。一帯は工業団地・住宅団地が造成され、峠の景観が昔とは一変。
防水シートを被せられた岩田さんの旧宅とその眼下の新宅。旧宅はかつての番所屋敷(間口6間、奥行き3間、それに裏付属屋、まことにこじんまりとした職住混合型建築物だ)。番所役人というのは、福山城下の士長長屋の住人のように四書五経には通じていても慎ましい生活を余儀なくされてきた人たちだったのだろう。
正面は左右対称形
浸食によって地盤が大きく削られ建物の基礎の石組が露出
防地峠、手前(福山藩)側は高須町、向こう(芸州藩)側は久保町,子供時代に一度父親に連れてこられた記憶がある。それ以来の防地峠
福山藩側番所役人の子孫・岩田家の墓地。家紋は卍、高須町普門寺門徒の麻生氏(屋号:土居)と同じ。幕末期のご先祖は簑島村の庄屋の出だったとか。岩田という名字は福山市内では水呑・古野上辺りに多い。
番所屋敷の立地する低山の頂部を構成する海成の砂礫層(地質図では沖積世とするが洪積世),
不整合面の下の小石交じりの砂層にラミナが・・・。一帯は地形的には福山市本郷町御領丘陵に対応する。
芸州藩側に当たる久保町1193番地の住宅。
この石組は旧芸藩時代の番所遺構の一部か
岩田家旧宅(番所屋敷)脇に打ち捨てられた石臼を発見。我が家の石臼に比べ相当に貧弱。廃藩置県後は耐乏生活を強いられたか。いまとなってはこの建物、貴重な文化財だ。
一度壊されたか。
防地上池堰堤の「南無阿弥陀仏」石碑。左右の石仏の類似物は善勝寺境内から千光寺参道沿いなどでも散見される。
尾道市久保町1193番地から見た尾道水道・・社叢林は久保の八幡さん、その隣に巨大瓦で有名な真宗浄泉寺。向島の通称”兼吉の丘”は山頂部に龍王碑がある(いわゆる雨乞い神事の行われた龍王山を意味する)。しかし、地図では「地王山」と表示。大林映画尾道三部作のロケ地の一つ。2017年4月撮影