ぐうたら里山記

兵庫の西の端でただのほんと田舎暮らしをしています。ぐうたらです。のん兵衛です。

よんどころない用(6)

2010年05月16日 01時36分07秒 | 田舎暮らし
よんどころない用とは実はある結婚式に出るための用。
結婚式ってどうも好きになれない。
あの仰々しさがいやだ。
結婚式よりは葬式の方がまだいい。
ただいるだけで、なんにもしなくてもいいから。
しかしそこは浮世の義理。
義理と人情を秤にかけりゃ、義理が重たい男の世界。
というわけでやむなく出ることにしたのだった。
まず礼服に着替える。
サラリーマンの頃は70キロあった体重が田舎暮らしをはじめてなんと57キロになった。
今では学生の頃と同じ体重。
それですらりとした体型に変わったので礼服を着ると更に締まって見える。
これに日本刀を差したらよく似合うのではないだろうか?明治維新のころの官軍みたいに、とふと思いにやりとする。
だってこんなあほなことを考える人間はそうはいないだろうから。

まもなく結婚式が始まった。
神前結婚なのだけど、神父さんもいなければ、賛美歌を歌うこともない。
宗教色のないさらりとした式なのでよかった。
とりわけバイオリンとフルートとエレクトーンによる生演奏、シューベルトのアベマリア、リストの愛の夢、と二人の歌手による生歌、G線上のアリアやアメイジンググレース。
とりわけバッハのG線上のアリアのソロが良かった。とてもきれいな声だった。
どんな人が歌ってるのだろう?
30~40代の上品な美人を想像したら、若い女性、多分みんな音大生、だった。
それでもやっぱり生演奏はいいね。

結婚式の後、写真撮影などがあって披露宴になった。
これもそれほど派手な演出もなかったのでほっとした。
料理はフランス料理で充分に満足した。
酒ももちろんそれ以上に充分にのんだ。
結婚式も披露宴もさらりとして程々感があって、これくらいが一番いい。
新婚夫婦もイケメン風と女優。
まあ似合ったどおしでよかったのだけどなんと写真を撮るのを忘れた。
人の写真を撮るのは物凄く苦手なのと誰かがとってくれるだろうと思って撮らなかったのだ。
せめて1枚くらい撮っとけばよかったな。

というわけでよんどころない用が終わってほっとした。
久し振りに兄弟、親族・・・たちにも会えたし。
やれやれ、さあ呑みなおしだ!!
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よんどころない用(5)

2010年05月15日 08時58分15秒 | 田舎暮らし
朝食後よんどころない用までは時間は充分にあったので、皇居を散歩しようと思った。
庭を見れると聞いてたので。
近くの門に行ったら・・・あれっ、入れない!
門番が退屈そうにこちらを見ている。
しゃあないな、周りを散歩するか。
時計回りに堀の外を廻るとジョギングする人と鉢合わせになる。
みんなこちらをちらりと見て走っていく。
歩いている人もたいてい時計の逆周り。
あれっ、ここは一方通行かな?まさかね!
しかしジョギングってエコとまったく逆であれ単にエネルギーの無駄遣いではないだろうか?
ジョギングで使うエネルギー分を最初から食べなければいいのだ。
より少なく食べてより少なく消費する。
そう怠けて暮らす生き方こそ21世紀の期待される生き方ではないだろうか?
怠け者が世界を救う!



皇居にはたくさんの門がある。
みな立派でいかめしい。
意外と古い建物の少ない皇居でも門だけは古い。
そしてどの門も警察が二人退屈そうに警備している。
あれって行政仕分けの対象にならないのだろうか?
皇室だけは別?今でもタブー?



しかしあの警察の衣装、もう少し工夫をこらして欲しい。
バッキンガム宮殿の衛兵のように。
いっそ江戸時代の門番の衣装にしたらどうだろう?
受けると思うんだけどな・・・
そして宮内庁の職員は駕籠で通勤するとか・・・

門をいくつか見て廻ったところで、もうどれくらい来たのだろう?そろそろ戻ろうかな・・・と不安になってくる。
1周するのにどれくらい時間がかかるのか知ってたら、時間までに戻れるか心配することもないのだけどね。
もうちょっと歩いてみるかな・・・と歩いてたらあの二重橋が見えてきた。
よしあそこまで行って戻ろう!



というわけで二重橋に着いて写真を撮った。
こんな写真、誰が撮ってもまるで絵葉書の写真。面白くもなんともない。
それに意外と二重橋って小さいんだね。
こんなもの見るのは一度でたくさん二度と見ることはないだろう。
さてここまできたらついでに有名な桜田門まで行って帰ろう・・・と思って歩いてたら、あれっ?あれは?
そう国会議事堂が見えてきた。
ここはやっぱり国会議事堂にも挨拶しなきゃ!




そして国会議事堂に着きここでも面白くもない写真を撮った。
国会議事堂は意外と小さい。廻りが高いビルなのでよけい小さく見える。
それに国会議事堂の建物、どう見ても墓にしか見えない。
まさに政治の墓場って感じで、民主党にも自民党にも片足を棺おけに突っ込んだような政治家達にもそれはそれでふさわしい。



そして再び皇居の堀に戻って・・・さてどうしようかな、戻ろうかな・・・と思ったけど歩く方向が今までは東・・・南・・・だったけど今度は西に変わった。
と言うことはもう半周はしたのだろう。いっそこのまま1周しようかな・・・と不安になりつつも思った。
そこで今度はやや足早に歩き始めた。
最高裁判所のいかめしい建物や国立劇場をちらりと見ながら・・・他にもそれらしい建物がいっぱいあって、ゆっくり見ながら歩くのも楽しいかもしれないなと思いながら・・・
皇居は西側は東側と違って完全に石垣というわけではなく、土盛りした上に石垣が見える何か古墳を思わせる。
しかしこの堀、重機のない時代に人力や馬力だけでよく作ったものだ。考えただけでも気が遠くなるような作業。
50センチの穴を掘るだけでも大変なのに・・・

さて半蔵門というちょっぴり怪しげな門の前や千鳥が淵を通り抜けてどうやら皇居1周のめども立ったころ、次の門に着くとあれ?開いている!
どうやら9時に開くらしい。
急いだせいで時間はまだ充分にあったので中に入った。
門番からプラスチックの札を渡されて出るときに帰すように言われた。
これも通行手形のような木の札にしたらいいのにな。
それともいっそ土下座をさせられて
「名をなのれ!」



中に入ると直ぐに本丸跡があって石垣だけが残っていた。
その石垣がとても新しいので、あれぇ、これレプリカ?
まさかねぇ、皇居の石垣ともなると他の城跡と違って金をふんだんに使って手入れしているのだろう。
これって行政仕分けの対象にならないの?
皇室だけは別?今でもタブー?



石垣というとインカのあの整然とした石垣を直ぐに思い浮かべるけど、あるいはピラミッドを思い浮かべるけど、日本の石積みの技術もまたすごいと思う。
同じ形の石を積み上げるのは技術的にはさほど難しくはないだろう。
石を同じ形に切っていくと無駄な部分がたくさんでるし使える石も限られる。
無駄をなくそうとすると元の石の形を生かしてうまく組み合わせてつんでいかないといけない。
これははるかに難しく職人芸といえるだろう。
ただこれだと石積みの現場で石を削っていくほかないだろう。
これはとても効率が悪い。
このように職人芸と効率の悪さ、そしてけちけち精神・・・これが日本の特徴なのかもしれないな、とうんざりしながら思う。

こうして本丸あとを見て、庭はもうよんどころない用のためあまり時間がなかったので見ないでホテルに戻った。
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よんどころない用(4)

2010年05月14日 03時57分16秒 | 田舎暮らし
翌朝、いつものように早く目が覚める。
窓から見るともう人が走っている。自転車も走っている。
やっぱり時計の逆周りに。
たまには時計回りに走ればいいのに・・・

朝食はバイキング。
バイキングは我が家の野菜と同じで、少量多品種が基本。
みんな食べないとなんか損したような気分になるので、
かといってそんなに食べれないし・・・
というわけで少しずつとっていく。
でも一度には皿に入りきらないし、それに食べ残すのはなんか意地汚いように思われるので、適当なところでとるのをやめる。
とれなかった料理たちに「ちょっとまててね、すぐに食べてあげるからね」と心の中でつぶやきながら。

窓からはあいかわらず皇居が見える。
たまには景色を入れ替えたらいいのに・・・と無茶なことを考える。
しかしのんびり景色なんか見てられない。食べ残した分をとりに行かないと!
いつもは朝食は少ししか食べないのだけどバイキングとなると日ごろの2倍は食べる。
根が意地汚いのだ。
でもそうはいってもやっぱり全種はたべれないね。
嫌いなものはもちろん食べないし、味もまあまあで、特別美味いとも思えないし・・・
おかげで臨終のときにあのときのバイキングもっと食べとけばよかった・・・と後悔して死ぬことだけはなさそうだ。
食べ終わって、時間が充分にあったので、皇居を散歩することにした。

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よんどころない用(3)

2010年05月12日 13時25分58秒 | 田舎暮らし
夕食に品川までやたらと地下鉄を乗り継いで行った。
東京の地下鉄はわかりにくくて困る。
大阪のように東西か南北に走って欲しい。
路線名も大阪のように通りの名前をつけたらわかりやすいのに、日比谷線とか、東西線とか路線名を聞いてもどこからどこに行くのか少しもわからない。
だいいち地下鉄は東西や南北に真っ直ぐ走るもの。
大阪も京都は碁盤目になっているので乗り換えも1回で済む。
それなのに東京は・・・いったい???
きっと真っ直ぐ行こうとすると皇居にぶち当たるのだろう。
そこでやむなく曲がる・・・
そう地下鉄だって本当は真っ直ぐに走りたいのだ。
しかしそれならぶつかったところで終点にしたらいいではないか。
そんなにしたら乗換えが多くなる?
う~ん。そうか~、やっぱり皇居が悪い?!

まあそれは置いといて、東京の地下鉄はどうして地上に時々顔を出すのだろう?
それで地下鉄といえるだろうか?
地下鉄はもっと自分の分をわきまえてずっと地下にもぐっておくべきではないだろうか?
もちろん大阪でも地上に出てくることもあるけどそれはたいてい終点まぎわの郊外での話し。街の真ん中で地上に出てくるなんてそんな横着なことはしない。
以前渋谷で地下鉄に乗ろうと駅を探したらそれが全くわからない。それも当然で地下ばかり探してたら駅は地上3階にあった!
いったいどういう了見だろう。思わず責任者でてこい!といいたくなった。

いっそ地下鉄が地上に出てきたら罰金を取ったらどうだろう?
するとさすがの地下鉄も神妙になるにちがいない。
どうだ参ったか!
ははぁ~・・・
ところでその罰金の金はどこに行くのだろう?
もちろんそれは国。
今でも国は散々地方の金を吸い取っているのだから、それが少しくらい増えたって今さら誰も驚かない。
海には海賊、山には山賊、そして地下鉄には国族。
役人なんて昔から悪党に決まっている。
それはテレビで水戸黄門を見てたらすぐわかる。
う~~~~ん!、けしからん!!!
・・・なんて我ながらわけわからんことを考えてたら、品川に着いた。

品川というとあまり知らないけど、なんか町工場がいっぱいあるごみごみしたあまり住みたくないような、そんなイメージを持っていた。
でも行ってみるとそこは近未来都市。
あれっ、いつこんなのできたのだろう・・・?
新幹線の駅ができて随分変わったのだろうな。
たくさんの商業施設にすっかりとまどう。
しかしきっと官主導でできたのだろう。規模の割りに人が少なく空き店舗が目立つ。
土曜日なのにこれでやっていけるのだろうか?
きっとどこも赤字なのだろうな。
大阪のATCやWTCやO’CATのようだ。採算も考えないでさんざん箱物を作って赤字に苦しんでいる。
もっとも苦しんでいるのは一般の住民で役人は何の責任もとることなくさっさと天下りする。
まったく役人がからむとろくなことはない。
もっとも大阪とちがって品川は立地条件がいいのでこれでも何とかなるのかもしれないけどね・・・
ともかく何とか待ち合わせ場所にたどり着いて、大いに食べ大いに呑む。
というわけで1日目はつつがなく終わった。
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よんどころない用(2)

2010年05月11日 14時00分35秒 | 田舎暮らし


泊まったホテルは皇居の近く。
窓から高いビルに囲まれた皇居が見下ろせる。
森の中に緑の屋根の建物が・・・
あっ、あそこがあそこなんだな。

堀の周りを多くの人が走っている。
不思議なことにみな時計の反対周りに走り逆はいない。
そういえば陸上のトラックも時計の反対周り。
スケートもそう。
反対周りが人間の性にあっているのだろうか?
それとも暗黙の規則でもあるのだろうか?
そういえば駅のエスカレータに乗る人はみな右側を空けて左側に立っていた。
急いでいる人のために空けているのだろうけど、せっかちな大阪と違って昔は東京ではそんなに徹底されてなかったように思うし、左側を空けることもあったように思う。
これも自然にできた規則なのだろうけど、これだと一度にエスカレータに乗れる人が半分になってしまう。変な規則ではないだろうか。せっかちな人は階段を走れば良い。

それはともあれ、皇居の周りを走る人の話。
もし車と同じように一方通行だとこれはかなり厄介で、もし落し物をしたら、しかも2~3メートル走って気づいたら、もう1周走ってとりに戻らないといけない。
もしかしたら走っている人の何割かは落し物を取りに戻ってるのかもしれないな。
まさかそんなことはないだろうけど・・・

ぐるぐる走っている人を見ているとやっぱり「コマネズミ」を想像する。
同じところをぐるぐる廻るコマネズミを。
いったいなんの因果であんなに走らないといけないのだろう?
このジョギングによって毎年何人か死んでるらしい。
前、テレビで「ジョギングは身体に悪い」といってた人がいたけど、あんがいそうかもしれない。
それにジョギングなんてものは金持ちの風習。せっかく食べて得たエネルギーをなんで無駄に使わないといけないのか。
でもどちらかというと気合を入れて走っている人はあまりいなくてのんびり、だらだら走っている人が多い。
これを見たら悪い王様だったら、「一番遅いヤツの首をはねろ!」といいたくなるだろう。
また体育会系の王様だったら「もっとしゃきっとしろ、しゃきっと!」といって、やっぱり一番遅い人間の首をはねるだろう。
こうして毎日一人ずつ走る人が減っていく。
でも幸いにしてそんな悪い王様はいないらしく、何の緊張感もなくみんな走ることができる。
しかしよんどころない用の割には人が走るのをぼんやり窓から眺めてる自分もまた「しゃきっとしろ!」といわれる人間の部類に入ることは間違いない。
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よんどころない用(1)

2010年05月10日 17時22分50秒 | 田舎暮らし
あるよんどころない用のため二日間東京に行ってきた。
往復新幹線。久し振りに乗った。
チケット屋で買ったチケットが意外と高いのにビックリした。
あれっ、東京までこんなにしたのかな・・・
そういえば最近は車で行ったり、夜行バスに乗ったりと、
せこく貧しく移動しているので人並みの移動なんかしてなかったな。
新幹線の中ではもっぱら呑む・読む・寝る・・・ですごした。
まあこれは家の中でも同じではあるけど・・・
でも新幹線に乗ってると車なんて実にくだらない発明だということがわかる。
自分で運転してると呑むことも本を読むことも眠ることもできないのだから。
いつもは窓からの景色をよく見るのだけど、今回は窓側の席でもなかったし、ちょっと疲れてたし、なんせよんどころない用だったため、あまり景色を見る気にはなれなかったのだ。
というわけで2日間の旅を終えて恐る恐る帰ってきた。
というのも山羊も鶏も怒ってるだろうなと思ったから・・・
餌やりは人に頼んでいったけど、さすがに不良山羊のユキの乳絞りだけは人に頼むわけには行かない。
というわけで帰って来て、しばらく気を静めてから山羊小屋に行った。
そしてやっと乳搾り・・・確かにはってはいたけど思ったほどではなかった。
これくらいなら2日あけても大丈夫かもしれない。
他の山羊も鶏も元気だった。
ただ2日間あけただけだったのに。草が一段と伸びていた。
ウドも落ち葉からたくさん顔を出し、タラは葉を広げもう天婦羅にはムリなようだ。
百姓やってるとやっぱり家を空けるのは2日くらいが限度のようだ。
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かもめ1年

2010年05月06日 13時41分47秒 | 山羊の話
5月5日は山羊のかもめの誕生日。
満1才になった。
とっても覚えやすい日なので、忘れることはないよね。
うん、5月5日、とっても覚えやすい日だから・・・
あっ、いかん、忘れてた!
写真を撮ろうと思ってたのに・・・

かもめは9月にはお母さんになるかもしれないのに、あいかわらずあどけない。
純粋のザーネンの血が濃いのに、身体も小さく、鳴き声も細く高い。
性格もあの不良山羊の母親に似ない良い子で、頭突きもしない。
本当に似なくて良かった!
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鯉のぼり

2010年05月05日 05時11分21秒 | 田舎暮らし
今日はたしかこどもの日・・・
でもこの集落では鯉のぼりを見たことがない。
どうしてだろう?
あっ、そうか、男の子が一人もいないのだ。

今世の中はゴールデンウィーク・・・
でも農家ではゴールデンウィークはひとごとで、
みんな田んぼや畑で忙しく動き回っている。

竹は色づき、竹秋を迎えた。
まもなく田んぼに水が入り、かえるが元気よく鳴きだす。
夏はもうそこまで来ている。
というよりも昼間はもう夏。
暑くて仕事をする気になれない。
もっとも仕事をする気になれないのはいつものことではあるけど・・・

まもなくウツギが咲き、ホトトギスが鳴き出し、夏になる!
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善哉と汁粉

2010年05月04日 06時23分28秒 | 田舎暮らし
ぼた餅とおはぎ、というとすぐにぜんざいと汁粉が頭に浮かぶ。
これははっきり定義できるのではないだろうか?
小豆の粒粒が残っているのがぜんざいで残ってないのが汁粉。
ネットで調べたら次のように書いてあった。

 •御前汁粉 – 漉(こ)し餡を用いている。
 •田舎汁粉 – つぶし餡を用いている。
 •善哉 - ぜんざいとも表記され、粒餡を用いている。

あるいは次のようにも定義できる
 上品なのが汁粉、野蛮なのがぜんざい

でも好みから言えば野蛮なぜんざいの方が好きだ。
ただ飲むだけの汁粉と違って、粒粒を食べる楽しみがある。

ぜんざいといえば大阪の法善寺横町に「夫婦善哉」というぜんざい屋がある。
大阪風なというか浪速風な風情のある店でここではぜんざいと汁粉がセットで出てくる。
水掛不動にお参りして「夫婦善哉」でぜんざいを食べるというのが観光コースみたいなもので、そのために地元の人はかえって入りにくく、大阪にはながいこと住んでたけど一度しか入っていない。
味は? まあ普通の善哉だった。しかも生ぬるかった。

汁粉というと長崎の卓袱料理の最後にデザートとして出てくる。
卓袱料理は和食と洋食(オランダ)と中華料理が混ざった不思議な料理でとっても好きなのだけど、これら3つの文化がまだ充分にこなされていない江戸時代の名残を感じる。
それで卓袱料理を食べて酒もいっぱい飲んだ後に汁粉がでるとさすがにうんざりして残す人も多い。えっ、何これ?デザートに汁粉ねぇ・・・
砂糖が貴重だった頃、汁粉は最高のもてなしだったのだろう。
幕末から明治にかけて多くの外国人が長崎にやってきて渡航記を残している。その中でプーチャーチンの一行と来たオブローモフの作者ゴンチャロフは野菜の砂糖漬けをだされてあきれていた。
卓袱料理の最後に出る汁粉もその名残だと思うと歴史が身近に感じられる。そういえばトロクスンのいう白い大粒の豆を甘く煮たものが深皿に山盛り出てくるのにもまいる。美味いのだけどなんせ量が多いのでこれまたほとんどの人が残す。

善哉と汁粉あまり食べないけどたまに食べると、いろんなことを思い出してなつかしい。
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ぼた餅

2010年05月03日 08時27分22秒 | 食の話
つぼみをいっぱい膨らませたヤマツツジ、まもなく咲くなと楽しみにしていたら・・・
葉をほとんど鹿に食べられて、がっくりしている。
去年増やそうといっぱい株分けした牡丹も鹿にやられて見るも無残な状態。
年々鹿の被害がふえているけど今年は特に酷い。
異常気象は野菜だけではなく、山菜や山の鹿や猪の餌にも影響しているのだろう。タケノコは少なく猪がタケノコを探してとっても深い穴を掘っている。
牡丹のそばを通るたびに無残な牡丹から目をそらせて歩いている。

ところで牡丹といえばぼた餅(牡丹餅)。
いったいぼた餅は何を考えているのだろう?
饅頭は中に餡が入っている。
おにぎりも、サンドイッチも中に具が入っている。
みんな客のことを考えて食べやすくしているのに、ぼた餅はいったいどういう了見だろう!
外に餡を塗りたくってわざと食べにくくしている。
これを手づかみで食べる勇気のある人は子供以外まずいないだろう。

ぼた餅をみるとその品性を疑いたくなる。
「ぼた餅」というやぼったい語感、つぶつぶの餡、みればみるほど下品だ。
「おはぎ」というとなんか上品に聞こえるけど、でも実態は同じで、これは食品偽装・・・とまでは言わないけど、
中身を変えないで言葉だけ塗り替えるという姑息な手口がどうにも気に入らない。

ところでぼた餅とおはぎはちがうのだろうか?
ぼた餅は潰し餡、おはぎは漉し餡・・・と思っていたけど、逆だという人もいる。
でも実態はというと同じなのだ。
何が違ちがうのかというと、ぼた餅は「牡丹餅」、おはぎは「お萩」
牡丹の咲くころ食べるのが牡丹餅で、萩の咲くころ食べるのがお萩。
それで違いうと食べる時期の違いだけ。
もっとも萩の咲くころは新しい小豆が出てくるので、皮も柔らかく、そのまま食べられるのでお萩は潰し餡。
一方、牡丹のころは年越しの小豆を食べるため皮も固くなるので、牡丹餅は漉し餡にした、
・・・そうだけど今では調理技術もあがったのでそんな区別もしなくなったし、
それに今では季節のものではなく年中、気が向いたときに食べるのでこの区別の意味がなくなった。

というわけでこの下品なたべもの、ぼた餅を困ったことに大好きなのだ。
ただ大きいので2個くらいしか食べられない。
それで「赤福」くらいの大きさにしたらどうだろう?
これだと何個でも食べられる。
それに牡丹餅というならいっそ牡丹肉バージョンを作ったらどうだろう?
中に牡丹肉を入れる。そしてタケノコを食べる猪への恨みをこめて牡丹肉入り牡丹餅をたべて、「くっくっくっ、どうだまいったか!」
しかし・・・鹿は?
う~ん。
広島の宮島ではもみじ饅頭が有名だけどあれはもみじの形をしているだけでもちろんもみじは入っていない。それでもみじ肉を入れたらどうだろう?たしか宮島も鹿の被害を受けていたはず。
それでまがい物のもみじ饅頭ではなくて本当のもみじ饅頭が出来るだろう。
「くっくっくっ、どうだまいったか!」
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柏餅

2010年05月02日 03時01分55秒 | 食の話
五月になった。
五月というと鯉のぼりと柏餅。
柏餅は今では年中あるけどやっぱり今の時期、手作りの柏餅を食べたい。
柏のあのごつごつした葉を無理やり剥がすと、そこには純白の、柔らかい、もち肌が・・・恥ずかしそうに・・・出てきて、
なんか・・・そのぅ・・・ぞくぞくというか・・・わくわくというか・・・
いやいや、柏餅の話だった。
柏の葉はたいして良い香りだとは思わないけど、ごつごつとした葉の触感と滑らかな餅の食感の対比が実に良い。
そのためにはぬたっとした葉ではなく新鮮なぴちぴちした葉に包まれた柏餅を食べたい。
今年は異常気象で野菜だけでなく柏餅の葉も成長が遅いようだ。
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