元朝日新聞記者である植村隆氏が来期も大学で雇用されることになった。
産経新聞の悔しがる姿が目に浮かぶようだが、
それはどうでもいいとして、私が気になったのは、朝日新聞の報道の仕方だ。
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慰安婦問題の記事を書いた元朝日新聞記者、
植村隆氏(56)が勤める北星学園大(札幌市厚別区)は17日、
植村氏との非常勤講師の契約を来年度も継続することを発表した。
植村氏はすでに更新を打診され、受け入れる意向だという。
北星学園大には3月以降、植村氏が朝日新聞記者時代に書いた
慰安婦問題をめぐる記事は捏造(ねつぞう)などとする電話やメールが相次いだ。
5月と7月には植村氏の退職を要求し、
応じなければ学生を傷つけるとする脅迫文も届いた。
10月には、大学に脅迫電話をかけたとして60代の男が威力業務妨害容疑で逮捕された。
この日、記者会見に臨んだ田村信一学長は
「我々だけが先頭に立って戦い続けるのは限界があるとの認識だったが、
行政を含めた様々な社会の支援が出てきたことから雇用継続を決めた」と述べた。
最終的な判断は、会見に同席した大学を運営する
学校法人「北星学園」の大山綱夫理事長と話し合って決めたという。
田村学長は10月末、学生の安全確保のための警備強化で財政負担が増えることや、
抗議電話などの対応で教職員が疲弊していることなどを理由に、
個人的な考えとして、植村氏との契約を更新しない意向を示していた。
しかし、その後の学内での議論では学長の方針に反対する意見が相次いだ。
中島岳志・北海道大准教授や、作家の池澤夏樹さんら
千人以上が呼びかけ人や賛同者に名を連ねた「負けるな北星!の会」が発足するなど、
学外でも大学や植村氏を支援する輪が広がりをみせた。
田村学長は当初の考えとは違った結論になったことについて、
「380人の弁護士が脅迫文が届いた事件について刑事告発したり、
文部科学大臣が大学を後押しするような発言をしてくれたりしたことが大きかった
」と話した。
一方で、田村学長は
「支援の輪は大きくなりつつあるが、まだ現場の教職員も不安を抱えている。
それでもキリスト教による建学の理念に立ち返って前に進もうと決めた」
と苦しい胸の内を明かし、文科省や道警、弁護士らと連携して
大学の安全管理などを一層強化するとした。
大山理事長は
「脅しに屈すれば良心に反するし、社会の信託を裏切ることになると思った」
と述べ、植村氏との契約更新に賛成の立場だったことを明かした。
植村氏は2012年度から北星学園大に非常勤講師として勤務。
留学生向けに日本の文化や芸術を教えたり、新聞を使って世界情勢を解説したりしている。
契約が継続されることになった植村氏は
「これからも学生たちと授業ができることを何よりもうれしく感じています。
大学も被害者で、学長はじめ関係の方々は心身ともに疲弊しました。
つらい状況を乗り越えて脅迫に屈せず、今回の決断をされたことに
心から敬意と感謝を表します」とのコメントを出した。(関根和弘)
http://www.asahi.com/articles/ASGDK5J69GDKIIPE03N.html
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これだけを読むと下村博文文科相などの応援によって
「当初」の考えを改め、勇気をもって暴力に立ち向かったかのように見える。
だが、実際には、この事件はもっと重大な問題を孕んでいる。
次の英文は今月の初め(12月2日)に掲載された
ニューヨーク・タイムスの記事から引用したものである。
(なお、訳文は私によるもの。試薬なので正確な訳は読者にまかせる)
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Mr. Uemura said
上村記者は以下のように話している。
The Asahi had been too fearful to defend him, or even itself.
「朝日新聞は怖がって私を守ってはくれません。自分たちに対してすらそうです。
In September, the newspaper’s top executives
9月に同新聞の経営トップは
apologized on television and fired the chief editor.
テレビで謝罪して編集長を解雇しました。」
“Abe is using The Asahi’s problems
「安倍は朝日の問題を利用して
to intimidate other media into self-censorship,” said Jiro Yamaguchi,
他のメディアが自己検閲するように脅しているのです」と山口次郎氏は話した。
a political scientist who helped organize a petition to support Mr. Uemura.
彼は政治学者で植村氏を援助する請願団体の組織づくりに貢献している。
“This is a new form of McCarthyism.”
「これは新しいマッカーシズムの形態です。」
Hokusei Gakuen University, a small Christian college
北星学園は小さなキリスト系の大学で、
where Mr. Uemura lectures on local culture and history,
そこで植村氏は地方の文化や歴史の授業をしているが、
said it was reviewing his contract because of bomb threats
大学側は同氏の雇用を見直すと話している。爆弾による恐喝が
by ultranationalists.
極右によって行われたためだと言っている。
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つまり、植村氏は朝日のサポートを受けずに
この問題に対処したのである。
一応、朝日新聞は、この問題の動向を記事にもしているし、
社説にも書いてはいるが、直接の援助はしていなかった。
普通は、自分の元社員が苦しんでいるのだから、
全面的にバックアップするものだが、あくまで「中立」の姿勢を保ったわけだ。
これがどういう意味を示すのかは言うまでもない。
また、学長をフォローするかのような叙述も気になる。
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北星学園大学(札幌市、田村信一学長)は9月30日、
元朝日新聞記者で日本軍「慰安婦」報道に関わった非常勤講師(56)を
「辞めさせないと、ボンベを爆発させる」などの脅迫文が届いている問題で
声明を発表し、大学としての基本的立場を明らかにしました。
声明では、
(1)学問の自由・思想信条の自由は教育機関において最も守られるべきものであり、
侵害されることがあってはならない。したがって、あくまで本学のとるべき
対応については、本学が主体的に判断する
(2)日本軍「慰安婦」問題ならびに(非常勤講師の)記事については、
本学は判断する立場にはない。また、本件に関する批判の矛先が
本学に向かうことは著しく不合理である
(3)本学に対するあらゆる攻撃は大学の自治を侵害する卑劣な行為であり、
毅然(きぜん)として対処する―としています。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-10-02/2014100201_02_1.html
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北星学園は当初、このように脅しには屈さない態度を示していたのである。
それが、11月の初めに「やっぱ、来期の雇用やーめた」と態度を翻した。
つまり、当初の考えとは違った結論に達したのではなく、
当初の考えに「戻った」にすぎないのである。
なぜ、途中で手のひらを返したのか?
その態度は反対者をどれほど失望させたのか。
このことを朝日新聞は書いていない。
それどころか、実際には時系列順に大学の態度を整理すると、
屈しない→屈します→やっぱり屈しません
なのに、朝日新聞の記事は、屈します→屈しません
という叙述になっている。これでは印象操作も良いところだろう。
繰り返すが、田中学長は
「キリスト教による建学の理念に立ち返って前に進もう」と
もったいつけた言い方をしているが、一度は屈している。
それも、「脅しには屈しないぞ!」と言った1ヶ月後に。
その約1ヶ月後に「やっぱり屈しないぞ!」である。
こんなコロコロ意見を変える男が学長をやっていることが
どういう状況なのか、もう少し危機感を抱いてほしい。
大体、掌を返した理由も、入試を前にして受験者数、
入学者数が減ることを危惧したからである。金の問題>人権だったのだ。
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従軍慰安婦問題の報道に関わった朝日新聞元記者が
非常勤講師を務める北星学園大(札幌市厚別区)に、元記者を辞めさせろとの
脅迫文が届いた問題で、田村信一学長が講師と来年度の契約を更新せず
雇用しないことを検討していることが31日、複数の大学関係者への取材で分かった。
非常勤講師を支援するために教職員らが30日に発足させた
「大学の自治と学問の自由を考える北星有志の会」の関係者などによると、
学内には脅迫文に対応する危機管理費用など財政的な問題や、
来年以降の入試への影響などを懸念する声があるという。
http://www.sankei.com/life/news/141031/lif1410310019-n1.html
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まぁ、産経の誤報である可能性も大いにあるが、
少なくともキリスト教の倫理精神を語る資格がある人物には見えない。
ガリレオ・ガリレイを題材にした戯曲『ガリレイの一生』を書いたブレヒトは、
ガリレオの罪は一度発表した地動説を、後に否定したことにあると述べている。
初めから争いを避けたコペルニクスと違い、
ガリレオは一度戦いを始めておきながら、途中で権力者に寝返った。
それは前者よりも重い罪なのだとブレヒトは語る。
田中学長も初めは「毅然として対処する」と言っていたのに、
後にその立場を放棄した。朝日は一部始終を傍観していた。
それがどれほど記者に重いダメージを負わせていたか……
最終的に雇用を継続させたと言っても、
朝日新聞と北星学園の学長・理事長の冷淡な態度は追及されるべきだろう。
こういう一見、客観的な文章であるかのようでいて、
絶妙な文章力で、さりげなく自分たちの責任をはぐらかしていては駄目だ。
以前から朝日は、この問題について実に中途半端な報道をしていた。
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慰安婦報道にかかわった元朝日新聞記者が
勤める大学へ脅迫文が届き、警察が捜査を進めている。
インターネット上では、元記者の実名を挙げ、
「国賊」「反日」などと憎悪をあおる言葉で個人攻撃が繰り返され、
その矛先は家族にも向かう。暴力で言論を封じることは許せないと市民の動きが始まった。
~中略~
攻撃は北星学園大にとどまらない。
帝塚山学院大(大阪府大阪狭山市)にも9月13日、
慰安婦報道に関わった元朝日新聞記者の人間科学部教授(67)の
退職を要求する脅迫文が届き、府警が威力業務妨害容疑で調べている。
元記者は同日付で退職した。
~中略~
植村氏によると、その後、
自宅に面識のない人物から嫌がらせ電話がかかるようになった。
ネットに公開していない自宅の電話番号が掲載されていた。
高校生の長女の写真も実名入りでネット上にさらされた。
「自殺するまで追い込むしかない」
「日本から、出ていってほしい」と書き込まれた。
長男の同級生が「同姓」という理由で長男と間違われ、
ネット上で「売国奴のガキ」と中傷された。
~中略~
朝日新聞は10月1日付朝刊で
元記者の勤務先の大学に脅迫文が相次いで届いたことを報じた。
2日付で「大学への脅迫 暴力は、許さない」と題した社説を掲げたほか、
毎日、読売、産経の各紙も社説で取り上げ、厳しく批判した。
朝日の慰安婦報道を紙面で批判してきた産経は
同日付で「大学に脅迫文 言論封じのテロを許すな」と題した「主張」を掲載。
「報道に抗議の意味を込めた脅迫文であれば、これは言論封じのテロ」
「言論にはあくまで言論で対峙(たいじ)すべきだ」と訴えた。
~中略~
〈八木秀次・麗沢大教授(憲法学)の話〉
慰安婦問題を報じた元記者が中傷されていることを
当事者の朝日が問題視して、読者の理解を得られるだろうか。
普段、企業や役所の不祥事を厳しく追及しているのだから、
執筆の経緯を元記者が自ら説明すべきだ。ただ、個人を
「さらし者」にして攻撃するネット文化にくみすることはできない。
脅迫は許されないし、職を奪うまでの行為は行きすぎている。
〈古谷経衡(つねひら)さん(著述業)の話〉
朝日の慰安婦報道は国際社会に負の影響を与えたと考えている。
だが、暴力で要求をのませる行為は許せない。
脅迫状の送り主は日本の名誉を回復したいと考えているのだろうが、
日本は元記者らが脅される国だと、国際的評価を下げるだけだ。
短絡的な行動が後を絶たないのは、「愛国」を掲げさえすれば
厳しい批判を受けない、保守派のあり方にも問題がある。
http://www.asahi.com/articles/ASGB362XRGB3UTIL06C.html
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産経や八木、古谷、そして下村文科相は極右陣営に属する連中だ。
今回の事件は偶然起こったものではなく、極右が焚きつけたものである。
放火魔にガソリンとライターを提供したようなものなのである。
日常的に、ネトウヨに餌を投下している極右の責任こそ、
朝日新聞は問うべきではないだろうか?
「右翼の人でさえ反対してますよ~」という書き方は、
相対的に右翼が正常であるように弁護しているようなものだ。
焚きつけられた人間も問題があるが、焚きつける人間のほうがもっと問題だ。
(また、古谷や八木たちの話からは脅迫は駄目だが街宣はOKという印象も受ける)
今後、また同じような事件が起き、最悪、犠牲者が出たとしても
八木や古谷は「おお、なんということだ!」と嘆くのだろうか?
試しに彼らの著書をリスト・アップしてみよう。
八木の著書
『論戦布告――日本をどうする』 1999年6月。
『誰が教育を滅ぼしたか――学校、家族を蝕む怪しき思想』 2001年5月。
『反「人権」宣言』 2001年6月。
『国民の思想』 産経新聞ニュースサービス、2005年3月。
『日本の国家像と国民の思想』 國民會館〈國民會館叢書 67〉、2006年11月。
『公教育再生――「正常化」のために国民が知っておくべきこと』、2007年1月。
『日本を愛する者が自覚すべきこと』 2007年7月。
『憲法改正がなぜ必要か――「革命」を続ける日本国憲法の正体』2013年11月。
共著
渡部昇一、呉善花 『日本を誣いる人々――祖国を売り渡す徒輩を名指しで糺す』 2011年2月。
渡部昇一、潮匡人 『日本を嵌める人々――わが国の再生を阻む虚偽の言説を撃つ』2013年9月。
古谷の著書
『フジテレビデモに行ってみた! 大手マスコミが一切報道できなかったネトデモの全記録』
青林堂、2012年1月。
『韓流、テレビ、ステマした 韓流ゴリ押しの真犯人はコイツだ!』
青林堂、2012年6月。
『竹島に行ってみた! マスコミがあえて報道しない竹島の真実』
青林堂〈SEIRINDO BOOKS〉、2012年11月。
『ネット右翼の逆襲 「嫌韓」思想と新保守論』 総和社、2013年4月。
『反日メディアの正体 戦時体制(ガラパゴス)に残る病理』
KKベストセラーズ、2013年12月。
『クールジャパンの嘘 アニメで中韓の「反日」は変わらない』
総和社、2014年2月。
『若者は本当に右傾化しているのか』 アスペクト、2014年4月。
『もう、無韓心でいい』 ワック・マガジンズ、2014年8月。
『知られざる台湾の反韓 台湾と韓国がたどった数奇な戦後史』 PHP研究所、2014年10月。
どうだろう、タイトルを読むだけでも強烈な内容だと思わせる本を
この連中はせっせと書き続けてきたのである。
「韓国を憎め!中国を憎め!」と言ってきた連中なのである。
そういう輩が、いざ爆破予告や家族まで狙う人間が出てくると、
「やりすぎだ!」と話すのは、あまりにも無責任な態度ではないか。
それを朝日は追及しない。これこそが問題なのだ。
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Ultranationalists have even gone after his children,
極右は植村氏の子供の後を追いまわし、
posting Internet messages urging people
インターネットに彼の娘が
to drive his teenage daughter to suicide.
自殺するように追いやるようメッセージを送っている
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言葉の暴力がエスカレートした事件であることを
ゆめゆめ忘れてはいけない。
事件の再発を防ぐためにも、これまでにも何度か主張しているが、
慰安婦制度がれっきとした史実であること、
それを証明する史料と最新の研究動向を紹介する必要があるだろう。
今のところ、共産党や週刊金曜日が新聞社やテレビに代わり、
その役目を果たしているが、植村記者が話している通り、
この問題について及び腰の朝日が果たして根本的な解決にむけて動くのだろうか?
「それはない」と思わざるを得ない。現状を見る限りでは。