「佳奈、この人らが、私の旅館の従業員だ。」
加賀美屋の女将である加賀美環は松本佳奈に従業員を紹介し始めた
「この人が調理長の広田さん。京都に長い間修行したあと、少し前まで
首里の宮廷料理屋でも働いていたことがある。」
と、ベテランだが優しそうな感じの彼を紹介した。
「こちらが私の夫の社長と、息子の新一。経理などを担当している。
息子がここをリゾートホテルに建て替えようと考えているけど。」
女将は苦笑していた。
「お袋、それは死活問題だからでしょう。」
新一と言われる息子はせっつくように言う。
「まぁ、其れは跡。急ぐ問題では無かろう。」
社長が新一をなだめていた。
佳奈は
「伝統的な旅館か、リゾートホテルか知らないけれども、私はただココで働くだけ。
徳之島に無理矢理連れてこられたんだ。でも、みんな明るそうだな。」
と考えているだけ。
「佳奈、ここから逃げないと約束してくれるか?」
佳奈は、女将に強く念を押された。
「うーん。」
佳奈は心中複雑だった。
ある程度腰掛で、また關東に舞い戻る事を考えていたからだ。
甲高い音が聞こえた、もう老令にさしかかろうとした男性の声とは思えない。
「広田さんだな。」
女将は落ち着き払った声で言う。
「私も島唄は聞き慣れた方ですが、彼もまたですか。」
佳奈の島では本職を持ちながら、歌者として島や地域の人が知っている歌い手が
沢山いるのだ。加賀美屋の調理長もその一人なのだろう。
「私も社長も歌を歌ってみんなで過ごす。」
と楽しく言う、でも關東の緊張感からすると、なにやら落ち着きが無い。
「まぁ、どうでもいいですけれども歌でおもてなしをするのか。」
佳奈は他人事だった。
それから数年後、女将の甥が婚約者を連れて濱から徳之島に帰ってきた。
調理長も女将も社長も自慢のノドを披露し、それに合わせて新一が踊っている。
横浜生まれ濱育ちという婚約者の女性は圧倒されていた。
婚約パーティーの世話をしている佳奈は横目で見ていた。
一段落したとき、佳奈は女将につぶやいた。
「目出度いですね。濱かぁ・・・。学生時代その近くに住んでいたんで
なにやら興味深いですよ。」
女将は何千も重ねたお重をしまう場所に運びながら去っていく。
「只野婚約パーティーで済めばいいのに、余計な人が余計なことを言わなければ
いいんだよ。柾樹さんは濱で婚約者の女性と仲良く暮らせばいいのに。」
と言った。
「大女将とかいう人ですね。物事は映画のようにうまくいかないですから。」
と振り向きざまに女将に答えた。
つづく
加賀美屋の女将である加賀美環は松本佳奈に従業員を紹介し始めた
「この人が調理長の広田さん。京都に長い間修行したあと、少し前まで
首里の宮廷料理屋でも働いていたことがある。」
と、ベテランだが優しそうな感じの彼を紹介した。
「こちらが私の夫の社長と、息子の新一。経理などを担当している。
息子がここをリゾートホテルに建て替えようと考えているけど。」
女将は苦笑していた。
「お袋、それは死活問題だからでしょう。」
新一と言われる息子はせっつくように言う。
「まぁ、其れは跡。急ぐ問題では無かろう。」
社長が新一をなだめていた。
佳奈は
「伝統的な旅館か、リゾートホテルか知らないけれども、私はただココで働くだけ。
徳之島に無理矢理連れてこられたんだ。でも、みんな明るそうだな。」
と考えているだけ。
「佳奈、ここから逃げないと約束してくれるか?」
佳奈は、女将に強く念を押された。
「うーん。」
佳奈は心中複雑だった。
ある程度腰掛で、また關東に舞い戻る事を考えていたからだ。
甲高い音が聞こえた、もう老令にさしかかろうとした男性の声とは思えない。
「広田さんだな。」
女将は落ち着き払った声で言う。
「私も島唄は聞き慣れた方ですが、彼もまたですか。」
佳奈の島では本職を持ちながら、歌者として島や地域の人が知っている歌い手が
沢山いるのだ。加賀美屋の調理長もその一人なのだろう。
「私も社長も歌を歌ってみんなで過ごす。」
と楽しく言う、でも關東の緊張感からすると、なにやら落ち着きが無い。
「まぁ、どうでもいいですけれども歌でおもてなしをするのか。」
佳奈は他人事だった。
それから数年後、女将の甥が婚約者を連れて濱から徳之島に帰ってきた。
調理長も女将も社長も自慢のノドを披露し、それに合わせて新一が踊っている。
横浜生まれ濱育ちという婚約者の女性は圧倒されていた。
婚約パーティーの世話をしている佳奈は横目で見ていた。
一段落したとき、佳奈は女将につぶやいた。
「目出度いですね。濱かぁ・・・。学生時代その近くに住んでいたんで
なにやら興味深いですよ。」
女将は何千も重ねたお重をしまう場所に運びながら去っていく。
「只野婚約パーティーで済めばいいのに、余計な人が余計なことを言わなければ
いいんだよ。柾樹さんは濱で婚約者の女性と仲良く暮らせばいいのに。」
と言った。
「大女将とかいう人ですね。物事は映画のようにうまくいかないですから。」
と振り向きざまに女将に答えた。
つづく