もじもじ猫日記

好きなこといっぱいと、ありふれない日常

「凪待ち」

2019-06-30 18:00:07 | 映画
2019.6.28

郁男が優しいなんて思わない。弱いんだ。
ぎゅうぎゅうと押さえつけられて育ったのだろう。
力か言葉か人間関係か、もしくはそれら全てに。
だから、うつむいて何かが通り過ぎるのを待つようになり
うつむいたが為に心の中に澱む思いが突然暴力として噴き出す。
そんな男になった。

美波と郁男の気が合うのは、郁男の中の子供が顔をだすから。
亜弓が母親の目線で心配していた時
郁男は
血が繋がってないから心配しなかったわけではなく
子供の気持ちで考えただけ。
それが事件に繋がったのは誰のせいでもない。

学生の頃の亜弓は
明るくて可愛くて地域の人気者だったことが分かるエピソードがある。
光りを放つ人は影をも引き付けてしまう。
それが悲劇の種として深く埋め込まれていたことは
犯人ですら気がついていなかった。
その種が発芽するきっかけが郁男を伴っての帰郷だ。
父親の病気、娘の不登校、郁男のギャンブルと失業
それらを良い方向に転換できるかもしれないと
出て行くしかなかった故郷に亜弓は戻ったのに。
少しでも幸せな方向に進みたかっただけなのに。

職場の同僚がノミ屋に引きずり込んだわけじゃない。
競輪の話にアドバイスをしたのは郁男だ。
依存症と手を切ることの難しさ。
競輪仲間は「石巻には競輪場ないじゃないか」と言い
確かにその通りだったのに。
職場の同僚が会社の金に手を付けるほどはまってしまったことに
無関係だとも言えない。
依存症を悪化させるのは家族の優しさだ。
お金を差し出し、借金のしりぬぐいをすることは
その場しのぎですらなく状況を悪化させる。

ただ
亜弓の父が船を売った金を渡したのは
そんなことをも見透かしたうえでのことだろう。
地元のヤクザにすら仁義をきらせるほど荒れていた若い頃があったなら
堕ちていく奴はさんざん見て来たはずだから。
美波がなついているにはそれだけの心の繋がりがあり
郁男の中にも光があることを知ったから。

波にのまれた亜弓の母
形を変えた沿岸
転校先でいじめられた美波
借金を返すための除染作業
東北は今も傷だらけで人はそこに生きている。
その場所で
霧に包まれた中うっすらと見える灯台の光のようなかすかな希望を
郁男と美波は生きてゆくのだろう。

海に沈めた一枚の紙と
エンドロールの海の中の景色に泣けました。
コメント
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