忘れな草の花籠

確かハンドメイドブログだったはず・・・

秘花

2007-06-19 15:37:01 | BOOK
秘すれば花なり
秘せずば花なるべからず

『風姿花伝』『花鏡』などの芸論や数々の
能作品を著した能の大成者・世阿弥。
彼が佐渡へ流されたのは、七十二歳の時だった。
それから八十過ぎまでの歳月の中、どのように
逆境を受け止め、老いと向き合い、そして死を迎えたのか―。

命には終りあり
能には果てあるべからず

*以上帯より引用*

久しぶりに瀬戸内寂聴さんの本を読みました。
ひかれるままについ手にとってしまい、
文庫本になるまで待ってようかと思いましたが、
気づけば購入していました。

この本を読んでの感想はひとことでいうと
「めぐりあわせ」の不思議さ、でした。
運命というものは自らたぐりよせるのか
それともそうなるべきものなのか・・・。

観阿にしても世阿にしても
謎の多い人物とされています。
が、小説になるとおもしろいですね。
生命が吹き込まれて
その人となりがうかがえます。
今まで単なる固有名詞で、
その名前さえ覚えるのが億劫だった
金春禅竹やら元重、元能などの姿が
自然と目に浮かんでくるようです。

子として、はたまた親としての世阿の苦悩が
とてもよく伝わってきました。
特に子に先立たれるという逆縁の苦悩の深さは
親になってみてはじめてわかるつらさです。

心理描写も細やかでしたが、
風景の描写の美しさはまるで絵巻物のような感じを受けました。
特に第四章が好きです。


この本を読んで恩師を思い出し、
また講義を受けたい、
もう一度授業を聞きたい、そう思いました。
これもめぐりあわせなのでしょうか。
この夏に現在師が勤めている大学で
公開講座(一般参加可の)があるらしいのです。
子どもたちを預けてなんとしてでも拝聴したいと思っています。
(現在その方法を思案中)
今年の夏に還暦を迎える師です。
ということは現在の私は
お世話になったあのころの師と同じ年くらいになったのですね。


話がそれましたが
「秘すれば花」という表現、とても好きです。
日本人の美徳を表しているようで。
そしてとても深い深い意味がこめられているようで・・・。
コメント (2)
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