遅かれ早かれ、世界は滅亡する!!
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こいつを止められない!!
2025年7月5日4時18分日本近海に着弾する!
そして600mの津波が日本列島を飲み込んでしまう!!
![津波の基礎知識|一般社団法人全日本防災計画協会ブログ|一般社団法人全日本防災計画協会ブログ](https://www.bousai119.or.jp/media/news_img/news_img_337/main_337.jpg)
八ケ岳に私たちは避難施設を作っています!!
標高1200mで畑も沢山あり、清流もあり温泉もある!!
2000人が生存できる田畑と清流と温泉のある農業の村かな?
生存者たちの希望は「農業」です!!
この言葉は、人類の歴史を通じて何度も繰り返されてきました。
私たちは、自然災害、戦争、疫病などのさまざまな脅威に直面してきました。
しかし、私たちは常に進化し、困難に立ち向かってきました。
滅亡という言葉は、私たちに絶望を感じさせるかもしれませんが、同時に新たな可能性をもたらすものでもあります。
滅亡は変化の一部であり、新しい始まりの前触れでもあります。
私たちは、環境問題や社会的課題に取り組むことで、未来を切り開くことができるでしょう。
こんなのは、真実を知らないうわごと!!
人はむやみに新技術を開発し続ける
オックスフォード大学で教えるスウェーデン生まれの哲学者ニック・ボストロムは、現代社会が技術革新のせいで、ある種の脆弱性を抱えるようになったのではないかと考えている。
つまり、社会全員の運命が、たった1つの不運や1人の悪人にかかっているような状況である。
ボストロムがこう考えるのは、人間にはあと先考えずに新しい技術を求める習性があるからだ。
科学者や技術者は、「これを発明すべきだろうか?」と熟考して、きちんと手続きを踏んでから発明することはほとんどない。
発明できるから発明する。
好奇心や野心、競争心に駆り立てられて、ひたすら前へ進む。
技術革新に関する限り、アクセルがあるだけでブレーキはない。
ときには莫大な価値のある発見がなされることもある。
抗生物質や天然痘ワクチンがそうだ。
一方、銃や自動車、エアコン、ツイッター等々の、功罪半ばする発明もある。
そうした技術がどういう影響をおよぼすのか、よい影響が大半なのか、それとも悪い影響なのかを前もって知ることはできない。
手探りで前進し、結果に対応するだけだ。
やがて「黒い玉」をつかむのではないか?
ボストロムはこの「手探り前進」の習性を、こんなたとえを使って説明する。
巨大な壺の中に玉がいくつか入っていて、人間はそこから玉を取り出している。
一つひとつの玉は、発明や技術を表している。
白い玉は抗生物質のような、人間に利益をもたらすもので、灰色の玉は功罪半ばするものだ。
そしてここが肝心なのだが、壺に手を入れるときは、何色の玉が出てくるかはわからない。
人間はただ衝動に任せて手を突っ込んでいる。
だが、もし破滅的な玉を取り出してしまったらどうなるだろう?
ボストロムは「脆弱世界仮説」と題した論文のなかで、壺の中にはそれを生み出した文明を破壊する、黒い玉が入っているのではないだろうかと問いかける。
人間はまだ黒い玉を取り出したことはないが、「その理由は、人間が技術に関してとくに注意深い方針や賢明な方針を持っているからではない。
たんにこれまで幸運だったというだけだ。
私たちの文明は、壺から玉を取り出す能力には優れているが、壺の中に戻す能力はない。
発明することはできても、発明をなかったことにすることはできない。
黒い玉がないことを祈るだけの戦略なのだ!!
この「黒い玉」、すなわち文明を破壊する技術という考えは、あきれるほど現実離れしていると思うかもしれない。
だがそれを荒唐無稽と片づけることはできない。
小さな集団の手に大量破壊能力を握らせるような玉を壺から取り出せば、文明は危機にさらされるとボストロムは警告する。
たとえて言うなら、「イスラム過激派が核兵器を手に入れる」ような状況だ。
2つの条件が揃うだけで「終わり」
この可能性が現実になるには、たった2つの条件が満たされるだけでいい。
1つは大量破壊を望む集団がいること。もう1つは、大量破壊能力を大衆に与えるような技術があることだ。
1つ目の条件がすでに満たされていることに、誰も異論はないだろう。
現に多くのテロ集団や学校銃撃犯、大量殺人犯がいるのが、何よりの証拠だ。
2つ目の条件、大量破壊能力を大衆に与えるような技術について、ボストロムはこう問いかける。
もし核兵器が、国家レベルの高度な技術や資源なしでもつくれていたなら、歴史はどうなっていただろう?
ただ2枚のガラス板で挟んだ金属に電流を通すような、ごく簡単な方法で、原子の力を解き放つことができていたとしたら?
ホームセンターで買える材料で核爆弾を製造できるなら、破滅的な結果になることは目に見えている。
膨大な資金や専門知識、資源がなければ核兵器を製造できないことは、人間にとって最大の僥倖なのではないだろうか?
ボストロムが言いたいのは、人間がこれからも幸運であり続ける保証はないということだ。
いまもすでにDNAプリンターを使って、研究目的でDNAをすばやく安価に作製している企業がある。
もしいつの日か、たとえば患者の遺伝子に合った薬を提供するためにDNAプリンターが家庭に置かれ、1918年に大流行したスペイン風邪のウイルスを自宅で複製できるようになったら?
1人の人間が、世界中の人間を絶滅させるかもしれない。