球形ダイスの目

90%の空想と10%の事実

博士の忘れたすべて

2007-08-23 | マジメな話
今日は、"管理"の話。書きたいことを書いたら長くなった。

ちょっと前に"博士の愛した数式"という話がちょっとしたブームを呼んだ。
それは80分しか記憶が持続しなくなった数学者の"博士"と家政婦の心温まる物語であったが…

博士には偉大な点が二つある。
1.数学(阪神?)だけで人を惹き付けるくらいそこに大きな愛情を抱いていた。
2.体中に貼ったメモぐらいで、失われた記憶を自分なりに管理できていた。

今日着目したいのは2.のこと。
物事を管理するということは、記憶がすっかりなくなることを前提に準備しないと意味がない。
従って、システム化するなら、一定水準以上の作りこみが要求されるのだ。

自分の記憶力を徹底して信用しないことが案外大事だったりする。



僕は物事の管理が苦手、だった。
今でも多分苦手だ。原因は色々あるが、そのうちの一つとして、
昔暗記科目を得意としていただけに
外部に記憶を移すことを恥ずかしいと思っていた、ということがある。
こうして書くくらいだから、きちんと仇になって帰ってきたけれど。

昔やっていた学校の勉強と最近行っている"管理"では、
決定的に違う点がある。

流動的か、殆ど不変か。そこだ。

僕が暗記モノを好むのは、一度憶えてしまえば殆ど改変の必要がなくて、
なおかつ役に立つからだ。楽だよね。
しかし、仕事のスケジュール、他からの要求は常に変化する。
そういうものだ。
だから、昨日までの記憶を引きずっていても全く役に立たないことも儘ある。
そうだよね。

管理に失敗するのは、(もはや古いかもしれない)自分の記憶に縋るからだ。

仕事上の管理と暗記科目を同列に並べるのも危険だが、
鎌倉幕府の成立が今日までは1192年だったのに
明日には先方の都合で1198年になり、
話が落ち着く頃には1207年になったら辟易だ。
勿論テストには1207年と書かなければいけない。



すこし話が逸れるように思われるかもしれないが、
そんなわけで今日僕は家にある書類を徹底的に管理することに決めた。
まぁ、家中のあらゆるファイル(クリアーファイルといった、書類を格納するもののこと)に
仮想Noをつけてそれを一覧化したということ。

ただいま進捗状況は半分くらいだが、それでも既に仮想ファイルの数は
25を超えている。
絶えず漸増する家電の保証書、クレジットカードの封筒、
通販サイトのパスワード、コンサートパンフ、譜面…
これを外部記録に頼らずに記憶し続けていられるわけはない。

何故か僕は今日までこの事実に気がつかなかった。



まとめ:モーニング娘は管理職向けのユニット
コメント
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