以前の【私がブログを始めた動機ー1】で、私がブログを始めたのは、
医療裁判がおわり、そのことを書き記すのに何かを書き綴る習慣を付けたかったから・・・
と言うことを申し上げました。
父親の死亡原因に納得が出来ず、裁判を決意。
田舎に住む何の力もなさそうな母と、何の知識もなさそうな主婦の私が闘った。
結果は、ほぼ全面勝訴だった、と。
しかし、その裁判自体は遙か昔、10年以上前の事です。
そんなに昔の事だったら、なぜ、サッサと何らかの形にしないのか?
自分の力で本を書けないなら、イマドキはうまく仕上げてくれるサービスもあるではないか?
なんだかんだ言って、ヤル気がないのではないか?
そのとおりなんですが・・・。
サッサとしなかったのは、「夫との約束」があったからなんです。
実は、「田舎に住む何の力もなさそうな母と、何の知識もなさそうな主婦の私」
だけというのでは、少し説明が不足しています。
私の夫が、裁判所の職員だったということが、大きな役割を果たしていたのです。
なんだあ、それなら話は簡単、勝訴も当然の事じゃないか?
いえいえ、全く違うんです。
父親の事件の前に、夫が医療裁判を担当していたことがあります。
その時に、夫にいろいろと質問していました。
「だって、証拠のほとんどは医療機関にあるんでしょ。
証拠をどうやって入手するの?」
それは、証拠保全というものをするんだと。
ほとんどの証拠が相手方にあり、裁判に気づかれると証拠隠滅や改ざんの恐れがある場合に、
裁判所に申し立てて、裁判の前に証拠を押さえることが出来る、と。
裁判が前提なのですが、その証拠を見てからどうするか判断しても構わないと。
「医師の意見書って、依頼した側が有利になるように書いてくれるでしょ、
偏るんじゃないの?」
場合によっては双方の意見書、最後に裁判所が依頼した医師による意見書と、
必要があるなら最大3つの意見書を参考にすることもある、と。
「裁判所には、医療専門の知識を持った人たちがいるの?」
いやいや、医療集中部という専門に受け付ける部署もあるけど、
それは、受付ける窓口が専門であって、担当するのはフツーの人たちだから。
等、色々と聞いていましたので、頭の中では医療裁判の段取りが出来ていました。
まるで門前の小僧状態です。
もちろん、その1年後には自分が当事者になることなど考えていませんでしたけどね。
その後、父親の納得のできない他界に「これは、裁判だ!!」と思ったのですが、
夫の反応は・・・、
「私は一切、手伝わないよ。
妻が訴訟を起こすなんて、職場の誰にも言えない。
あなたも、夫の職業は誰にも言わないほうが良い。
そうでなければ、何か有利になるように取り計らったのではないかと勘繰られて、
逆ねじを食らうよ」
そ、そ、そうか~!?
「弁護士は自分で見つけなさい。
こちらの立場で妻のお願いするわけにはいかないよ」
「こちらの職場関係、友人には一切、話題にしないでくれ」
父親の知り合いに弁護士さんがいたことが分かり、その方にお願いしました。
でも、遠く離れた田舎ですから、その地方の方でちょうど良かったんですね。
なんだかんだ、夫は直接には関わりませんでしたが、最後の決め手を見つけてくれました。
3年が経過して、もう終わりだという最後の答弁書です。
相手の不自然な主張を見つけて、指摘してくれたのです。
本当に、それが決め手となったかどうかは不明なのですが、私の想像です。
判決が出るまでは、勝手な想像を巡らせるしかありませんでしたから。
私は、その経過を何かに記したいと夫に伝えました。
「やめてくれ。余計な詮索をされるのはゴメンだ!!
どうしてもやりたいのなら、私が退職して、全く関係がなくなってからにしてくれ」と。
夫が退職するまでに駄文を綴る練習をするぞー、と、思っているうちに
gooブログの終わりとなりました。
すでに夫は退職しました。
さあ、どうしましょ!?
これから先、年齢と共に何でも終わりが来る、締め切られてしまうという事を実感しました。
やり残したことがあったら、急がなくちゃあいけませんね!!
やり残しリストを作らなければ(⋈◍>◡<◍)。✧♡