塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

ショー・マスト・ゴーオン!今日もゲームは勝手に続く

2018-02-28 22:16:51 | 日記
 12面ある中で、1面はクリア、2面もまもなくクリアといいますか、もうクリア完了と言っても良いでしょうね。

 それは僕が「勝手」に「ただ一人」で行っているゲーム「ゲームの名は無言」、2月28日現在2018年突入した中で誰ひとりして電話そしてこないという形が継続中というわけです。

 昨年も同様の心持ちでいましたが、不思議と鳴るときは鳴るんですよね。

 奇妙なことに、それは市外局番を持つ固定電話があることが多く、詐欺かはたまた間違い電話か、とおっかなびっくりの形なので、ただただ鳴り終わるのを待っている形ですが。

 電話が鳴る、成らない、友人、恋人、家族と共に出かけるということは、サッカー選手にとって気晴らしなのか、それとも面倒な事柄なのか、正直判断はしかねます。

 特に代表選手のような、クラブだけでなく代表合宿と遠征がセットの場合

 1・高額な電話やタブレットは盗難の可能性がある
 2・仮に現地で故障に見舞われた場合は修理の時間はあるだろうか

 という点があるのではないでしょうか。

 確かに僕も幾ら携帯しやすいとはいえ、文庫本と新書と複数冊抱えて航空券を受け取ることは面倒と思いますし、何より重量の問題があります。

 でも僕はそれでも本の方が良いと思いますし、盗難の心配や使い方がわからず狼狽するよりは、はるかにマシだと思うんですよね。

 僕は妻も子供も恋人もいませんから、同部屋の選手がスマートフォンで連絡と取りあっていれば、部屋は出ていかざるをえないでしょう。

 遠征先に本屋と古本屋はないでしょうし、やはり手持ちの本を最初から読むのは気が滅入る。

 ならば本を電子書籍として抱えるか、人様に電話をするかテレビを見るか、ゲームでもするかのいすれかに落ち着くのでしょう。

 でも、僕にはいずれも当てはまらない要素でして、つくづく

 「流行りものに疎い」
 「友人はおろか、話し相手にも事欠く」

 人生に半ばあきれながら、今日も生きている格好になるのです。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 政治家がサッカーを好むならば | トップ | 諸外国の冷たい視線は的外れ... »

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事