子どもとうさぎとねこと音楽のある風景

息子いっちゃん(2006年3月生)と3匹のうさぎと3匹のねこのいる歌と琴が好きな主婦の記録

お月様のナナちゃん

2007年07月09日 | うさぎ
仕事にでかけ、あいにくキャンセルになったので、近くのお店をのぞきました。
アクセサリーショップがあったので、ブルーの指輪でも買いたいなあという心境で見ました。
きれいな物もありましたが、あのやわらかい肌触りのナナちゃんと冷たく硬い石とではかけはなれているようで、高価な物というのもナナちゃんは望まないと思い、店を出ました。

次に着物屋さん(「壱の蔵」)をのぞきました。
はぎれがあったので、ながめていました。

心が悲しいときには美しい音楽や美しい物を見ると、少し和らぎます。
ナナちゃんを布で作ろうかな。。。など、考えて見ていました。
いつの間にか、娘の晴れ着でも選ぶような気持ちになっていました。
ナナちゃんに似合うもの、というよりは、ナナちゃんそのもののイメージを探しました。
ナナちゃんに似合う服を作ろうなどと考えたことはなかったのですが、形をなくしたナナちゃんは私の心に布のイメージとして描くことができました。不思議なことです。

やわらかくて美しい布を見ていると、手に取れないナナちゃんを得たような気持ちになりました。

そして、会計をしようとレジへ行くと、ちりめん細工の本などがあり、手に取って見ると、しっとりと美しさが心に染み渡りました。
その中に、端午の節句をうさぎで表現したものがありました。
子どもをうさぎに変えて描かれています。
無邪気に楽しそうに遊ぶうさぎたち。。。
ナナちゃんも今はこうして新しい友だちを作って遊んでるのかもしれないなあ、と思うと、少し気持ちもやわらぎました。
「もう悲しまないで。お月様の生活は楽しいよ。」と言ってくれているように感じました。
折り紙を幼い子に教えているお姉さんうさぎが見えます。
ナナちゃんはお姉さんっぽかったから、入りたて早々にもきっとこんなことをして、お姉さんぶりを発揮しているかもしれません。

ナナちゃんは形をなくしたことで、より強く心にナナちゃんの存在感ができました。
心のなかでの存在感は人と変わりありません。
不思議なことです。
ナナちゃんだったら、どう思うかな?どう考えるかな?
言葉を交わしたこともないのに、なんとなくわかる気がするのです。
うさぎの形を持っていたときは、それほど感じませんでしたが、形をなくしてからは、より一層対話ができるようです。

美しいものにナナちゃんの影をさがして行きたいと思います。

「うさぎという 形をなくし きみはいま まことの娘となりにけるかな」


 



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4 コメント

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Unknown (ウッシー)
2007-07-09 19:32:35
ペットロスと言うのは辛いのですよね。
何年たっても思い出すと胸を締めつけられるような気がして。
そうして書くことで3うさの母さんの心が癒されて行くことでしょう。
残された者は、グリーフワーク、悲嘆の癒しの作業によって悲しみの谷から空を仰ぎ、やがて立ち上がることが出来るのだと思います。
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ウッシーさんへ (3うさの母)
2007-07-10 00:44:30
寄り添うようなお言葉をありがとうございます。
なんだか勝手な作業ですが、自分の日記帳に自分だけで書いているよりも少し気が紛れるような気がして、書いてしまいます。
それともうひとつは、電子の手紙はなぜか天国や月、過去や未来に届くような気がしてしまいます。
少しづつ気持ちの乱れも鎮まってきています。
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Unknown (ウッシー)
2007-07-10 08:42:50
お早うございます。
悲しんでいる人を、愛おしく思いまた来ました。
電子の手紙云々に涙が出てきました。
そうですよね。紙に文字書くよりもいいですよね。
私もそのことに気がついたから、涙が出たのでしょうね。またお邪魔します。
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ウッシーさんへ (3うさの母)
2007-07-10 11:27:30
ご心配おかけしてすみません。
一週間経って、わけもわからない涙はおさまってきました。だいぶ落ち着いてきた今は、時々、ほろっと涙を流すことで少しづつ悲しみをやわらげられるような気がします。
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