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寒空小人の回想、悪弊、裏事情、警報、


もう10年以上前のこと。
その日、職場のロッカーを開けると、
なにか違和感があった。
他の同僚たちは、交代時間が過ぎたら、
さっさと制服を着替えて帰っており。
ロッカー室には、誰もいなかった。
そこで、ロッカーの扉を開けたままチェックしていく。
まずハンガーにかかった私服に異状はなく。
念のため、上着のポケットを確かめると、パスケースもあった。
ロッカーの下部に置いたバッグの位置に変化はなく、
ジッパーも閉まっている。
扉側についたミラーの横には、フックがあり、
そこにキーリングをかけ、予備の筆記用具を吊るしていたが、
それも、キチンとあった。
とくに問題はなかった。
以前にも、似たような“とき”があり。
そのときは、“気のせい”だろうと思っていたけど。
この瞬間、“何か”オカしいと感じるものがあり。
それが面白くもない気分にさせていた。



当時の職場では、親会社(J◯東日本)の施設管理を任されており。
親会社から鍵やセキュリティカードなども貸与されていた。
交代時、その鍵やセキュリティカードを、
制服のポケットやキーモールにつけたまま、着替えるものも多く。
昼夜の交代後、それで慌てることもあった。
そこで不用心ではあったが、万が一のときに備えて、
ロッカーには、鍵をかけないようにしていた。
(他の同僚たちも、同じようにしていた訳でもないけど、ね。)
ロッカーの扉を閉じ、しばらく考えていた。
…職場内には、この件とは、別のことで問題のある同僚もおり。
なんらかの対策をしておく必要もあった。
スティール製のロッカーは、標準的なものであり。
ハンガーを吊るすポール部と、位置を変更できるワイヤー製の棚があり。
扉側には、ミラーだけでなく、
下部に、傘が収納できるポケットとフックがあった。
ちょっと思いついたことがあった。
帰り道、¥100ショップで、
防犯アラーム(ピンを抜くと、鳴り出すもの)と、
S字状のポールフック(S字フック)を買っていた。
帰宅すると、防犯アラームの電池をセットし、ピンを抜いた。
部屋中に、アラーム音が響いていたが、
そのままセロテープで、ピンのまわりを、ふさいでから、ピンを差し直す。
これで、アラームの、ピンが抜け、差し直すとき、
テープによる負荷が、手間取らせる。
その後、ガラクタ箱から、キーリングを、2〜3個、出し、
バッグの中に入れていた。
翌日、ロッカー内のワイヤー製の棚を、低い位置に合わせ、
傘用のフック部に、S字フックをかませた。
防犯アラームの本体と、ピンには、それぞれヒモがついており。
そのヒモの長さを合わせると、キーリングをつけ、
S字フックへと、引っかける。
これで、扉の内側に、手を入れると、指先でキーリングを外せる。
ロッカーは、1日に、何度も、開閉するときもあり。
これなら、手早くアラームを準備できるものだった。
そのまま、様子を見ることとした…けど。
とくに何もないまま、1週間が過ぎていた。



“ちょっと神経質になっていたのかな?”
そんな気分にもなっていた。
そうでなくても、面倒ごとの多い職場でもあり。
余計なことに、いつまでも意識をさかれたくもなかった。
その日の引き継ぎを終えると、1週間ぶりの休日となった。
正直、かなり疲れていた。
録り溜まっていたテレビの録画番組でも見ていたハズだったが、
そのまま眠りこけていた。
翌日、ふっと目覚めると、携帯電話が鳴り続けていた。
画面をみると、職場からのものであり。
床に転がっている腕時計を見ると、もう昼過ぎのようだった。
ちょっと妙な時間帯でもあった。
携帯電話を通話状態にした。
「あ、もしもし、君のロッカーから、すごい音がしているのだけど!!」
電話は、係長クラスの、直属の上司からだった。
しかも、かなり不機嫌な声でもあった。
どうやら、“誰か”が、ロッカーを開けたようだった。
「ロッカーに、市販の防犯アラームをつけました。」
「アラーム音を止めるには、ピンを戻してください。」
…と、簡単に説明したところ。
通話状態のまま、すぐに、彼は指示を出していた。
しかし、その指示に対して、同僚たちの反応は、ニブく。
どうにも要領を得ていないようだった。
それに、ピン近くに貼ったセロテープは、ただの思いつきではあったけど、
予想以上のものとなっていたのだろう。
どう説明しても、ダメなのかも知れない。
「勝手が分からないのでしたら、
アラームのヒモをハサミで切ってください!」
「そのまま冷蔵庫の中にでも入れておけば、いずれ電池が切れます!」
しかし、彼には、この説明が面白くなかったらしく。
そのまま、電話越しで、色々と指示を出しているもの、
鳴り止むこともなかった。
一度、電話が切れた。
しばらく、着信を待ってみたが、かかってくることもない。
そこで、部屋に残っていたパンでもかじりながら、
コーヒーメーカーの電源を入れていた気がする。
30分後、着信があった。
すぐ通話状態にした。
どうやら、20分以上かけて、S字フックを外し、
アラームに、ピンを戻したらしい。
その間、ずっと、ロッカー室だけでなく、隣の事業所内にまで、
アラーム音が鳴り響いていたものらしい。
「色々、お騒がせ致しました。申し訳ありません」
まず謝罪だけはしておく必要はあった…けど。
「ところで、“誰”が、
“何故”、他人(ひと)のロッカーを、許可もなく開けたのですか?」
この言葉がもつ意味もあってなのだろうけど。
電話越しからの、口調も変化した。
「“(親会社の)デキるお客様“だよ。扉を間違えたらしい、ね。」
予想外の人物であった。



この“デキるお客様”とは、
親会社(◯R東日本)から中途入社してきた人物であった。
世間一般的に、子会社は親会社の調整弁であり。
数年前から、親会社である、J◯東◯本から、
中途入社や出向などの名目で、この職場にも人員が送られてきた。
(名目上は…)親会社からの推薦こそあるもの、
ほとんどの場合、厄介払いされただけでしかなく。
責任ある仕事を任せられないような人物ばかりだった。
その“見返り”として、この会社は各関連会社との大口契約を得ていた。
だから、この“お客様”たちには、勤労意欲(やる気)などはなく。
そこで、仕方なく、現場へと、たらい回しされる。
しかも、親会社と子会社の人員では、待遇に格差がありながらも、
自分たちと同レベルの仕事もできないことは少なくなかった。
給与を含め、就業条件の恵まれている、人員のワガママがまかり通り、
無言の圧力となっている状況は、職場を険悪なものとしていた。
これは“社内いじめ”が黙認されているどころではなく。
親会社からの明確な差別意識が存在していたとも言えるのだけど。
当時は、そこまで事情を知ることもなかった。



しかし、この“デキるお客様”は、全体的な業務を把握しており。
他の“お客様”とは、まったく異なるものがあった。
当時、彼は40代であり。
比較的、ハンサムで、人あたりの悪い人物でもなく。
この職場内では、もっとも信頼できる人物だった。
ウワサではあったもの、奥さんも、美人で、
高校生になる娘さんもいると聞いていた。
そんな人物が、ロッカーを漁っていた人物だとしたら、
かなり予想外の事態であり。
ちょっと頭が混乱するものとなった。
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